「ALLORA…」からひも解くムッシュかまやつ(かまやつひろし)の宇宙 ~その②ジャズ、映画音楽、ロックンロール

ムッシュかまやつが1990年代にリリースしたシングルのB面「ALLORA…」
その歌詞には、かまやつひろしがリスペクトしている、楽曲、アーティスト、映画・・・などのキーワードが散りばめられてる
このエントリーでは、その「ALLORA…」の歌詞を徹底分析します!

前回はこちら→「ALLORA…」からひも解くムッシュかまやつ(かまやつひろし)の宇宙 ~その①パリ、芸術、クラシック音楽

前回の1番の歌詞に続いて、今回は2番の歌詞ね
それにしても、ラディゲ、コクトー、ジャン・マレー、そして、三島由紀夫にはびっくりしたね・・・
あー!(赤面)
2番の歌詞は何が飛び出すことやら・・・ジャズ、映画音楽、ロックンロール・・・怒涛の嵐、ノンストップでいくよ!
はい!
☆☆☆自己紹介☆☆☆

名前:くまちゃん(♂)
プロフィール:高齢子育て中、飲酒は週末のみ
特技:3才の娘を笑わせること
名前:カエルくん(♂)
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症、シニカルな視点は世代のせい?
特技:インターネット超高速検索

ジャズ~なぜかドナルド・フェイゲンを思いうかべてしまう「テイクファイブ」

LAMBERT,HENDRICKS&ROSSは
Horace Silverの“Dood lin”
INDIAN BEAT なら SHORTY RODGERS “INDIAN CLUB”
Mel tormeのフェイキング楽しむなら
“IM BEGINNING TO SEE THE LIGHT”
Four Freshmen “DAY BY DAY”
Chet Baker “That old Feeling”
RUSS FREEMAN,WINTON KELLY,HAMPTON HAWES
そうそう何故か Donald Fagenを思いうかべてしまう
Dave Brubeck “TAKE FIVE”

出典:「ALLORA…」作詞・作曲:かまやつひろし 編曲:浦田憲司・今剛

2番の歌詞の冒頭は、ジャズだね
くまちゃんが好きな、チェット・ベイカー「ダット・オールド・フィーリング」もありますね!
ランバート、ヘンドリックス&ロス「Dood lin」|ジャズ・ピアニスト、ホレス・シルヴァーの曲

ランバート、ヘンドリックス&ロス

ランバート、ヘンドリックス&ロス(Lambert, Hendricks & Ross)は、アメリカ合衆国のヴォーカリーズ・トリオである。1957年に結成し、初期のメンバーは、デイヴ・ランバート、ジョン・ヘンドリックスおよびアニー・ロスで、1962年にロスは脱退し、バヴァンが加入し、ランバート、ヘンドリックス&バヴァンとなった。

出典:ja.wikipedia.org

ホレス・シルヴァー

ホレス・シルヴァー(Horace Silver, 本名:Horace Ward Martin Tavares Silva, 1928年9月2日 – 2014年6月18日)はコネチカット州ノーウォーク出身のジャズ・ピアニストで、ファンキー・ジャズの代表的なアーティスト。特色のあるファンキーなプレイスタイルで知られ、ハード・バップの発展に寄与する。

出典:ja.wikipedia.org

Lambert Hendricks and Ross Doodling Song

これ、あんまり知らなかった・・・いいねえ
ランバート、ヘンドリックス&ロスかあ、僕も覚えておこう
ショーティ・ロジャース「INDIAN CLUB」|インディアン・ビートとは?

ショーティ・ロジャース

ミルトン”ショーティー”ロジャース (1924年4月14日〜1994年11月7日)は、 西海岸ジャズの主要クリエイターの1人。 トランペットとフルーゲルホルンを演奏し、アレンジャーとしても活躍した。

出典:en.wikipedia.org

Shorty Rogers-Indian Club


へー、こういうのをインディアン・ビートっていうのか
メル・トーメ「I’m Beginning to See the Light」|Mel tormeのフェイキング楽しむなら

メルヴィン・ハワード・トーメ(Melvin Howard “Mel” Tormé、1925年9月13日 – 1999年6月5日)は、アメリカのジャズ歌手。ジャズ作曲家、編曲家、ドラマーのほか、俳優としてラジオ、映画、テレビでも活躍した。愛称は「ベルベットの霧」The Velvet Fog。

出典:ja.wikipedia.org

I’m Beginning to See the Light


フェイキングというのは、ちょっと崩したような独自の歌い方ってことか?
フェイクは「にせもの」って意味ですよね
フォー・フレッシュメン「DAY BY DAY」|至高のハーモニー

1948年ドン・バーバー、ロス・バーバー、ボブ・フラニガン、ハル・クラッチにより結成されたコーラス・グループ。前身は同メンバーによって47年に結成されたザ・トッパーズ。51年にスタン・ケントンの目にとまり、52年に『イッツ・ア・ブルー・ワールド』がヒット。53年にクラッチに代わって、ケン・エレイアが参加し、そのころから人気は爆発的なものとなり、スター・グループとなった。歌唱力、ハーモニーの素晴らしさに加え、ショーマンシップなどで人気を博した。

出典:tower.jp

Four Freshmen in Japan 1964 Part 1 – Day By Day


フォー・フレッシュメンからビーチボーイズとかにもつながっていくんだよ
へー
チェット・ベイカー「That old Feeling」|トランペットを吹くジェームス・ディーン

チェット・ベイカー(Chet Baker、本名Chesney Henry Baker Jr.、1929年12月23日 – 1988年5月13日)は、ジャズミュージシャン。ウエストコースト・ジャズの代表的トランペット奏者であり、ヴォーカリストでもある。

出典:ja.wikipedia.org

That Old Feeling / Chet Baker


僕も生まれ変わったら、チェット・ベイカーのようになりたい
まえも聞きました
ラス・フリーマン、ウィントン・ケリー、ハンプトン・ホーズ|ジャズ・ピアニスト

ラス・フリーマン (ピアニスト)(本名:Russell Donald Freeman、1926 – 2002)は、ウェストコースト・ジャズのピアニスト、作曲家、編曲家。1950年代中期、トランペッターのチェット・ベイカーとバンドを組んで活躍したことで知られる。

出典:ja.wikipedia.org

ウィントン・ケリー(Wynton Kelly, 1931年12月2日 – 1971年4月12日)は、アメリカ合衆国のジャズピアニスト。西インド諸島のジャマイカ生まれ。39歳でカナダのオンタリオ州トロントで死去した。

出典:ja.wikipedia.org

ハンプトン・ホーズ (Hampton Hawes) の名で知られるハンプトン・バーネット・ホーズ・ジュニア(Hampton Barnett Hawes, Jr., 1928年11月13日 – 1977年5月22日) は、アフリカ系アメリカ人のジャズ・ピアニスト。ビバップやハード・バップのジャンルで活躍し、1950年代において最も優れた、また、影響力のあったピアニストの一人[1]。モダン・ジャズ草創期の日本に米軍の一員として滞在し、多くの日本人ジャズメンとも交流があった。

出典:ja.wikipedia.org

3人ともジャズ・ピアニストだね、ムッシュはこういうジャズのピアノが好きなのか?
デイヴ・ブルーベック・カルテット「テイク・ファイブ」|なぜかドナルド・フェイゲンを思い浮かべる?


“テイク・ファイブ “はポール・デスモンドが作曲し、デイヴ・ブルーベック・カルテットの1959年のアルバム『タイム・アウト(英語版)』に収録されたジャズ曲である。 曲名の由来にもなった、珍しい5/4拍子の使用で有名である。

出典:ja.wikipedia.org

ドナルド・フェイゲン

ドナルド・ジェイ・フェイゲン(Donald Jay Fagen、1948年1月10日 – )は、アメリカ合衆国のミュージシャン、ソングライター。ジャズ・ロック・バンド「スティーリー・ダン」の共同作曲者・共同創立者として知られる。ニュージャージー州パサイク郡(パッサイク郡)出身で、生家は東欧諸国からのユダヤ系移民である。

出典:ja.wikipedia.org

Dave Brubeck – Take Five ( Original Video)

ジャズの超有名曲だよね
ドナルド・フェイゲンを思い浮かべるそうです
わかる気がする

芸術のフランス、パリ~サンジェルマン・デ・プレはアバンギャルドで喉が渇きそう

Jean Cocteau のドキュメンタリーシネマを見たのは
六本木 シネヴィヴァンのレイトショー
Jean Cocteauのお友達が次から次へと登場して
St Germain des-Presは アバンギャルドで 喉が渇きそう
若くして老人のRadiguet, Dali, PICASSO, Jean marais
NIJINSKY, stravinsky, Erik Satie
そして皆んなの パトトン CoCoChanel.
Ah~映画音楽を聞くのも正しいかもしれない!!

出典:「ALLORA…」作詞・作曲:かまやつひろし 編曲:浦田憲司・今剛

Jean Cocteauのお友達が次から次へと登場して、St Germain des-Presは アバンギャルドで 喉が渇きそう♪
シネ・ヴィヴァン・六本木|1983-1999

館名を聞いて思わず前衛映画にのめり込んだ青春時代を思い出す人もいるだろう。ゴダールで幕を開けたカルチャーの発信地。かつて、まだ文化の香りが漂う六本木にカルチャーの発信地と言われた伝説のミニシアターがあった。

出典:www.eigeki.com

僕も東京にいた時代なのに・・・一回くらい行ってみればよかった
行ったことないんですか・・・
サンジェルマン・デ・プレ(St Germain des-Pres)|芸術のパリの舞台

出典:jp.pinterest.com

パリ左岸の中心地サンジェルマン・デ・プレは、かつては知識人や芸術家たちの集まる場所としてフランス文化を牽引していた歴史あるエリア。その名残が今でも残っており、賑やかながらも知的で落ち着いた雰囲気があって、最もパリっぽい場所と言っても過言ではありません。ショッピング街や飲食店も多いので、このエリアだけで1日費やしても行き切れないほど、見どころがたくさんつまっています。

出典:allabout.co.jp

ムッシュはフランス好きだよね
ゴロワーズにも出てくるよね
名曲「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」ですね

ゴロワーズを吸ったことがあるかい ムッシュかまやつ

アバンギャルド|St Germain des-Presはアバンギャルドで喉が渇きそう


前衛の意味
前衛(アヴァンギャルド)とは、おもに芸術、文化、政治の分野における実験的、革新的な作品や人々のことを指す言葉である。

出典:www.ggccaatt.net

アヴァンギャルドで喉が渇きそう、っていいよね
僕もいつか使ってみようっと
どういう場面で使うんですか?
ラディゲ|若くして老人のRadiguet


レイモン(レモン)・ラディゲ(Raymond Radiguet, 1903年6月18日 – 1923年12月12日)は、フランスで生まれた小説家、詩人。代表作は、処女小説『肉体の悪魔』と、次作で遺作となった『ドルジェル伯の舞踏会』である。

出典:ja.wikipedia.org

また、でた!ラディゲ
ダリ|天才、数々の奇行や逸話


サルバドール・ダリ(1904年5月11日 – 1989年1月23日)は、スペイン・フィゲーラス出身の画家。シュルレアリスムの代表的な作家として知られる。フルネームはカタルーニャ語でサルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク。「天才」と自称して憚らず、数々の奇行や逸話が知られている。

出典:ja.wikipedia.org

ダリ、すごい表情だね
アヴァンギャルドで喉が渇きそう
そういう使い方・・・まあまあですね
ピカソ|そして、数々の女性遍歴も


パブロ・ピカソ(1881年10月25日 – 1973年4月8日)は、スペインのマラガに生まれ、フランスで制作活動をした画家、素描家、彫刻家。 ジョルジュ・ブラックとともに、キュビスムの創始者として知られる。

出典:ja.wikipedia.org

ピカソって女好きなんだよね
そうなんですか?
ジャン・マレー|ジャン・コクトーの長年の愛人だったとされる


ジャン・マレー(Jean Marais, 本名: Jean-Alfred Villain Marais, 1913年12月11日 – 1998年11月8日)は、フランス・シェルブール出身の俳優。ジャン・コクトーの長年の愛人であったとされる。

出典:ja.wikipedia.org

またでた!ジャン・マレー!
ニジンスキー|ロシアのバレエダンサー


ヴァーツラフ・フォミッチ・ニジンスキー(1890年3月12日 – 1950年4月8日) は、ロシアのバレエダンサー・振付師。バレエダンサー・振付家のブロニスラヴァ・ニジンスカは妹。

出典:ja.wikipedia.org

面白いお墓だね
ストラヴィンスキー|ロシアの作曲家


イーゴリ・フョードロヴィチ・ストラヴィンスキー(1882年6月17日 – 1971年4月6日)は、ロシアの作曲家。 同じくロシアの芸術プロデューサーであるディアギレフから委嘱を受け作曲した初期の3作品で知られるほか、指揮者、ピアニストとしても活動した。

出典:ja.wikipedia.org

バレエ音楽とかも作ってるんだよね
ダンサーのニジンスキーとも関係あるのかね?
エリック・サティ|ジムノペディはサティが作曲したピアノ独奏曲


エリック・アルフレッド・レスリ・サティ(1866年5月17日 – 1925年7月1日)は、フランスの作曲家である。
サティは「音楽界の異端児」「音楽界の変わり者」と称され、西洋音楽に大きな影響を与えたと見なされており、ドビュッシー、ラヴェルも「その多くの作曲技法はサティによって決定づけられたものだ」と公言している。そして、印象主義の作曲家たちにも影響を与えたとされる。

出典:ja.wikipedia.org

サティの曲は日本でも人気だよね
ココ・シャネル|みんなのパトロン


ココ・シャネル(1883年8月19日 – 1971年1月10日)は、20世紀に活動したフランスのファッションデザイナー。20世紀を代表するファッションデザイナーのひとりで、ファッションブランド「シャネル」の創業者。

出典:ja.wikipedia.org

「公爵夫人はほかにもいたけれど、ココ・シャネルはただひとり。」
シャネルさんの名言ですか?
いい言葉だよね

映画音楽を聞くのも正しいかもしれない~ニノ・ロータ、ミシェル・ルグラン、フランシス・レイ、ヘンリー・マンシーニ

Nino Rota, Felliniの“La Dolce Vita”
MICHEL LEGRAND
CATHERINE DENEUVEと“シェルブールの雨傘”
FRANCIS LAI, clande lelouchの“男と女”
そして何といっても
Henry Mancini, Audrey Hepburn“Moon River”
ふたりとも もういない…

出典:「ALLORA…」作詞・作曲:かまやつひろし 編曲:浦田憲司・今剛

映画音楽だよ
僕も聞いたことがあるタイトルばかりです
「甘い生活(LA DOLCE VITA)」|フェリーニの代表作


『甘い生活』(あまいせいかつ、原題:La dolce vita)は、1960年に公開されたフェデリコ・フェリーニ監督のイタリア映画である。
1950年代後半のローマの豪奢で退廃的な上流階級の生態、その場限りの乱痴気騒ぎやアバンチュール、社会を生きる上で指針やモラルを失った現代人の不毛な生き方を、マルチェロの退廃的な生活を通じて描く。その映像美学で、カンヌ国際映画祭パルム・ドールやアカデミー賞衣裳デザイン賞など、世界中の映画賞を総なめにしたイタリア映画界の巨匠、フェデリコ・フェリーニ監督の代表作。

しかし、説明的な手法をほとんど行わない難解な表現方法は、公開当時から世界中の批評家の議論の的になり、作品の公開以降50年近く経つ現在でもその評価は大きく分かれている。

出典:ja.wikipedia.org

ニーノ・ロータ

ニーノ・ロータ(Nino Rota、1911年12月3日 – 1979年4月10日)は、イタリアの作曲家。クラシック音楽と映画音楽で活躍した。ロータ自身は「本業はあくまでクラシックの作曲であり、映画音楽は趣味にすぎない」と言っていたが、映画音楽の分野で多大な業績を上げており、死後クラシックの作品も注目を集めるようになった。

出典:ja.wikipedia.org

フェリーニ

フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini, 1920年1月20日 – 1993年10月31日)はイタリア・リミニ生まれの映画監督、脚本家。「映像の魔術師」の異名を持つ

出典:ja.wikipedia.org

「説明的な手法をほとんど行わない難解な表現方法」の映画だそうです
僕にはちょっと難しすぎそう・・・
雰囲気と音楽を楽しめばいいんだよ(笑)
シェルブールの雨傘|美しいカトリーヌ・ドヌーヴとルグランの音楽


『シェルブールの雨傘』(シェルブールのあまがさ、Les Parapluies de Cherbourg)は1964年のフランス映画。ジャック・ドゥミ監督。ミシェル・ルグランが音楽を担当したミュージカル映画である。第17回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。

出典:ja.wikipedia.org

ミシェル・ルグラン

ミシェル・ルグラン(Michel Legrand、1932年2月24日 – )は、フランスの作曲家、ピアニスト、映画監督、俳優。パリ出身。歌手のバンジャマン・ルグランは次男。

出典:ja.wikipedia.org

カトリーヌ・ドヌーヴ

カトリーヌ・ドヌーヴ(Catherine Deneuve, 1943年10月22日 – )はフランス・パリ出身の女優である。
本名はカトリーヌ・ファビエンヌ・ドルレアック(Catherine Fabienne Dorleac)、「ドヌーヴ」は母の旧姓。
父モーリス・ドルレアック、母レネ・シモント、夭折した姉フランソワーズ・ドルレアックは[1]皆俳優であり、子供のクリスチャン・ヴァディムとキアラ・マストロヤンニも俳優の道に進んでいる。

出典:ja.wikipedia.org

シェルブールの雨傘という日本語タイトルも素敵だよね
どういう映画ですか?
まだ観てない
・・・
男と女|ダバダバダのスキャットで有名ですな


『男と女』(おとことおんな、Un homme et une femme)は、1966年制作のフランス映画。
カンヌ国際映画祭でグランプリ(当時)を受賞し、クロード・ルルーシュの名を世界に知らしめた。

出典:ja.wikipedia.org

フランシス・レイ

フランシス・レイ(Francis Lai、1932年4月26日 – )は、フランス・ニース出身の作曲家。多くの映画音楽の作曲、特にクロード・ルルーシュ監督とのコンビによる作品は良く知られている。また、『恋人たちのメロディー』『愛と哀しみのボレロ』『流れ者』では出演もしている。[要出典]1970年度アカデミー作曲賞受賞(『ある愛の詩』)。
大の飛行機嫌いで、海外公演が少ない事でも知られている。

出典:ja.wikipedia.org

クロード・ルルーシュ

クロード・バリュック・ジョゼフ・ルルーシュ(Claude Barruck Joseph Lelouch, 1937年10月30日 – )は、フランス・パリ出身の映画監督、映画製作者である。

出典:

これは大好き!サントラも愛聴盤だもんね
ダバダバダですね
ムーン・リバー|とてもこの世とは思えない美しいメロディー


「ムーン・リバー」(Moon River)は、1961年に作詞ジョニー・マーサー・作曲ヘンリー・マンシーニによって作られた曲。同年に公開された映画『ティファニーで朝食を』の主題歌であり、主演女優のオードリー・ヘプバーンが歌った。同年のアカデミー歌曲賞を受賞している。また、グラミー賞では最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀編曲賞の3部門を受賞した。

出典:ja.wikipedia.org

ヘンリー・マンシーニ

ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini、1924年4月16日 – 1994年6月14日)は、アメリカ合衆国の作曲家、編曲家。映画音楽家としてグラミー賞、アカデミー作曲賞に何度も輝いた。

出典:ja.wikipedia.org

オードリー・ヘプバーン

オードリー・ヘプバーン(英: Audrey Hepburn、1929年5月4日 – 1993年1月20日)は、ハリウッド黄金時代に活躍した女優で、映画界ならびにファッション界のアイコンとして知られる。
1953年には『ローマの休日』でアカデミー主演女優賞を獲得した。その後も『麗しのサブリナ』(1954年)、『尼僧物語』(1959年)、『ティファニーで朝食を』(1961年)、『シャレード』(1963年)、『マイ・フェア・レディ』(1964年)、『暗くなるまで待って』(1967年)などの人気作、話題作に出演している。

出典:ja.wikipedia.org

Ah~映画音楽を聞くのも正しいかもしれない
ですね!

ALLORA…
ASCOLTARE LA MUSICA!!
いま、夢とも無く過ごす
アー 麗しい 洒落

出典:「ALLORA…」作詞・作曲:かまやつひろし 編曲:浦田憲司・今剛

ロックン・ロール!~ストーンズ、ヤードバーズ、フー、キンクス・・・

BRIAN, KEITH, MICK, CHALIE, BILL
STONES…“WALKIN THE DOG”
CLAPTON, BECK, PAGEのレジデンスはYARD BIRDS
WHO IS A KEITH MOON & PETE TOWNSHEND“MY GENERATION”
バッハのカンカータ 114番は“PROCOL HARUM”
SPENCER DAVIS GROUP“HIGH TIME BABY”
KINKS“SET ME FREE”
Julie Driscoll, BRIAN AUGERは
LAURA NYROの“SAVE THE COUNTRY”

出典:「ALLORA…」作詞・作曲:かまやつひろし 編曲:浦田憲司・今剛

最後は、1960年代のロック!
最高です!
ローリング・ストーンズ「WALKIN THE DOG」|ストーンズのブルーズを聴け!

ザ・ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) は、イギリスのロックバンド。1962年4月のロンドンで、ブライアン・ジョーンズ(ギター、ハーモニカ)、イアン・スチュワート(ピアノ)、ミック・ジャガー(リードヴォーカル、ハーモニカ)、キース・リチャーズ(ギター、ボーカル)によって結成、その後間もなくベーシストのビル・ワイマンとドラマーのチャーリー・ワッツが参加した。
ロック草創期の1960年代前半から現在まで半世紀以上、1度も解散することなく第一線で創作を続ける、ロックの代名詞的な存在である。エアロスミスやガンズ・アンド・ローゼズ、オアシスなど、ローリング・ストーンズを崇拝するアーティストは数知れない。

出典:ja.wikipedia.org

Walking The Dog by The Rolling Stones


言わずと知れた、永遠のロック・アイコン
僕のおじいちゃんと同じくらいの年齢かなあ・・・
ヤードバーズ|CLAPTON, BECK, PAGEのレジデンスは・・・


本国イギリスでは、どちらかというと通好みのバンドであったという。メインボーカルであるキース・レルフは、童顔の可愛い美男子だったので女性ファンも多かった。そして、エリック・クラプトンやジェフ・ベック、ジミー・ペイジら3人の個性的なギタリスト達も、ギタリストを目指す若者達の心を常に捉えてきた。
著名な3人のギタリストが在籍したことのみを語られてしまうことが多いが、その音楽性は幅広く、R&Bやロックンロールなどを主体に、フォークやクラシック、ポップスを融合し、更にサイケデリック・ロックとハードロックの基礎を築いた先進性で、後進のロックやポップスのミュージシャンに多大なる影響を与えた。

出典:ja.wikipedia.org

キース・レルフを忘れてはいけない
ギタリストたちが目立っているんですね
ザ・フー「MY GENERATION」|WHO IS A KEITH MOON & PETE TOWNSHEND

ザ・フー(The Who)は、イギリスのロックバンド。ビートルズ、ローリング・ストーンズと並び、イギリスの3大ロックバンドの一つに数えられる。
デビュー当初はスモール・フェイセス(のちフェイセズに改名)と並びモッズ・カルチャーを代表するバンドと評された。1969年に発表されたアルバム『ロック・オペラ “トミー”』でロック・オペラというジャンルを確立。また1971年発表の『フーズ・ネクスト』では、当時貴重なシンセサイザーを、後のテクノにも影響を与えたミニマル・ミュージック風に導入するなど、先進的な音楽性を持つバンドに成長するに至る。また、ギターを叩き壊しドラムセットを破壊する暴力的なパフォーマンスと文学性豊かな歌詞世界とのギャップが魅力のひとつでもあった。

出典:ja.wikipedia.org

The Who – My Generation

アイアン・メイデン、オアシス・・・いろんなアーティストにカバーされているよね
グリーン・デイも!
プロコル・ハルム「青い影」|バッハのカンカータ114番をリスペクト?

「青い影」(あおいかげ、原題:A Whiter Shade of Pale)は、イギリスのロック・バンド、プロコル・ハルムのデビュー曲。1967年5月に発売。2週間で40万枚近くを売り上げ、イギリスのヒットチャートで6週連続1位を獲得。
生前のジョン・レノンも、この曲をお気に入りのひとつとして挙げており「人生でベスト3に入る曲」と語っていた。また、発表当時の1967年には「今の音楽業界で、この曲以外は聴く価値がない」とまで言っていた。
日本のポピュラー・ミュージシャンにも影響を与え、松任谷由実はこの曲をきっかけに音楽を自作するようになったという。山下達郎も当時ラジオでこの曲を聴いて、すぐさまレコード・ショップへと走り、購入したその日のうちに100回は聴いたという。

出典:ja.wikipedia.org

[HD] Procol Harum – A Whiter Shade Of Pale

Bach Cantata BWV 114 Leonhardt

「青い影」は本当に名曲だよね
そして、これがバッハのカンカータ114番か
カンカータとは、独唱・重唱・合唱および器楽伴奏から成る大規模な声楽曲、交声曲のことだそうです

出典:www.google.co.jp

スペンサー・デイヴィス・グループ「HIGH TIME BABY」|スティーヴ・ウィンウッドも在籍

スペンサー・デイヴィス・グループ(The Spencer Davis Group)は、イギリスのバンド。スペンサー・デイヴィス(1939年7月17日-)を中心に結成。メンバーはスペンサー・デイヴィス(vo, g)、スティーヴ・ウィンウッド(vo, or)、マフ・ウィンウッド(b)、ピート・ヨーク(ds)。
1965年デビュー。1966年から1967年にかけて代表曲となる「愛しておくれ(Gimme Some Lovin’)」、「アイム・ア・マン」の全米TOP10ヒットを放った。当時十代後半だったボーカリスト、オルガニストのスティーヴ・ウィンウッドは、そのソウルフルな歌声から天才少年ともてはやされる。しかし1967年にスティーヴとマフのウィンウッド兄弟が脱退すると、バンドの活動は行き詰まった。

出典:ja.wikipedia.org

Spencer Davis Group – High Time Baby


この頃のロックン・ロール、いいよねえ
僕が思春期の頃、すでに10年以上前の過去の音楽だったけど、新しい音楽を発掘するドキドキ感が今でも蘇るよ
キンクス「SET ME FREE」|ブリティッシュ・インヴェイジョンのグループの一つ

ザ・キンクス は、イギリスのロックバンド。1964年に、ロンドン北部のマスウェル・ヒルでレイとデイヴのデイヴィス兄弟によって結成された。アメリカ合衆国ではブリティッシュ・インヴェイジョンのグループの一つとして分類され、当時のロック界に対して重要な影響を与えたバンドとして見なされる。

出典:ja.wikipedia.org

THE KINKS -set me free (live 1965)

そうか・・・1980年代にくまちゃんが1960年代の音楽を聴くのって・・・今でいえば、僕らが1990年代の音楽を振り返る感覚?
ひえ~
ジュリー・ドリスコルとブライアン・オーガー「SAVE THE COUNTRY」|ローラ・ニーロの曲

Julie Driscoll, Brian Auger & the Trinity / STREETNOISE

ブライアン・オーガーはすでにハモンドオルガンの実力や、音楽家としての才能は実証済みであり、この時期からはジャズ、ソウル、ロックを巧みにクロスオーバーする路線へと進んでいく。このアルバムには彼の音楽的構成要素が全て詰め込まれている。
60年代モッズシーンのディーヴァだったジュリー・ドリスコルは、ヤードバーズのファンクラブだった時に、歌を勧められデビューを果たす。音楽にのめり込んだ彼女の制作意欲は収まるところを知らず、ちょうど『ストリートノイズ』の頃は、アヴァンギャルドジャズに足を踏み入れつつある時。このアルバムではソウルやフォーク、ゴスペル、そしてアヴァンギャルドな曲と、あらゆる顔を見せている。

出典:www.mossfad.jp

ローラ・ニーロ

ローラ・ニーロ(Laura Nyro、本名 Laura Nigro、1947年10月18日 – 1997年4月8日)は、アメリカの女性シンガーソングライター。
ローラはパフォーマー(歌手)という面よりも、ソングライターとして良く知られている。

出典:ja.wikipedia.org

Julie Driscoll, Brian Auger & Trinity – Save The Country (1969)

ムッシュかまやつはもういない・・・

いやいやいや・・・一気に見てきたけど、ムッシュの世界を少しは垣間見れたんじゃないかな?
僕はほとんど知らない曲ばっかりでした・・・
ムッシュは一貫して、カッコいい音楽、オシャレな音楽を、追い求めていたんだね
え~と(検索中)・・・ムッシュイズムとは!?
「生まれも育ちも関係ない。かっこよければOK」だそうです!

出典:style.nikkei.com

まさしく、それだよ、それ!
僕らも、かっこよさを追求するぞ!
はい!