ボブ・ディラン曰く「私の歌は文学なのか?」〜ノーベル文学賞の受賞スピーチ文より

音楽
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ノーベル賞授賞式、見た?
ディランのスピーチのテキスト、読んだ?!
まだですが、え~と(検索中)・・・土曜日(12月10日)、スウェーデン・ストックホルムで・・・
きっとこのテキストに勇気づけられるクリエーターは多いだろうね!
僭越(せんえつ)ながら、この僕ですら!
は?くまちゃんって、なんかクリエイティブな事、やってましたっけ?(笑)

出典:wildlandia.com

☆☆☆自己紹介☆☆☆

名前:くまちゃん(♂)
プロフィール:酔っ払いおじさん、広く浅く世間を語る
特技:2才の娘を笑わせること
名前:カエルくん(♂)
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症、シニカルな視点は世代のせい?
特技:インターネット超高速検索
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街角の歌がノーベル賞をとった瞬間(©田島貴男)

出典:www.huffingtonpost.com

ネットでスピーチの日本語訳もあるから、読んでごらん!
・・・土曜日(12月10日)、スウェーデン・ストックホルムでノーベル賞授賞式が開かれ、文学賞を受賞したが欠席したボブ・ディランのスピーチが、在スウェーデン米国大使Azita Raji氏により代読された・・・あ、日本語訳もありました!

出典:www.barks.jp

オリジナル・ラブの田島貴男は、ノーベル賞授賞式に出席できなかったボブ・ディランの代わりに『A Hard Rain's A-Gonna Fall』を歌うパティ・スミスを観て、「街角の歌がノーベル賞をとった瞬間」とツィートしているね
全文テキストはすぐ読めますね・・・へえ、ふむふむ、ほー!
今回、いろんな意味で、ノーベル文学賞の印象が変わった人も多いのでないでしょうか?

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キップリング、ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、ヘミングウェイ・・・

名誉ある賞をいただき私が光栄に思っていることを知ってください

出典:www.nobelprize.org

私は幼い頃から、キップリング、ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、ヘミングウェイなど、この栄誉に相応しいと考えられた人々の作品に慣れ親しみ、読み、吸収してきました。その作品が学校で教えられ、世界中の図書館に収納され、敬意を持って語られる、これら文学の巨匠たちにはいつだって深い感銘を受けていました。いま、私がそのリストに加わるとは、本当に言葉がありません。

出典:www.barks.jp

ディランのスピーチを、ちょっと詳しく見てみようよ
最初に文豪の名前が出てくるよね
僕がわかるのは・・・カミュ、ヘミングウェイ、あとトマス・マンも・・・ちょっとこの文豪たちについて、軽く教えてよ
了解です!え~と(検索中)・・・
ジョゼフ・ラドヤード・キップリング (Joseph Rudyard Kipling, 1865年12月30日 – 1936年1月18日)

イギリスの作家。代表作は、『ジャングル・ブック』、『少年キム』など。

出典:ja.wikipedia.org

ジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw, 1856年7月26日 – 1950年11月2日)

アイルランドの作家。代表作は、『ピグマリオン』、『聖女ジョウン』など。

出典:ja.wikipedia.org

パウル・トーマス・マン(Paul Thomas Mann、1875年6月6日 – 1955年8月12日)

ドイツの作家。代表作は、『ヴェニスに死す』、『魔の山』など。

出典:ja.wikipedia.org

パール・サイデンストリッカー・バック(Pearl Sydenstricker Buck, 1892年6月26日 – 1973年3月6日)

アメリカの女性作家。代表作は、『大地』、『つなみ』など。

出典:ja.wikipedia.org

アルベール・カミュ(Albert Camus、1913年11月7日 – 1960年1月4日)

フランスの作家。代表作は、『異邦人』、『カリギュラ』など。

出典:ja.wikipedia.org

アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway、1899年7月21日 – 1961年7月2日)

アメリカの作家。『誰がために鐘は鳴る』、『老人と海』など。

出典:ja.wikipedia.org

わー、こうして並べてみると、世界各国の作家をまんべんなくリストアップしているね
よく考えて草稿を書いたんだろうね・・・
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劇作家シェイクスピアと歌手ボブ・ディラン

シェイクスピアの言葉は、読まれるのではなく話されるためのもの

出典:www.biography.com

この驚きの知らせを受けたとき、私はツアー中で、それを呑み込むのに数分以上かかりました。そして、偉大な著述家、ウィリアム・シェイクスピアのことを考え始めました。私は、彼は自身のことを劇作家だと考えていたと思います。文学を執筆しているという思いは彼の頭の中になかったでしょう。彼の言葉はステージために書かれたものです。読まれるのではなく話されるためのものでした。ハムレットを書いているとき、彼は多くの別のことを考えていたと思います。“これらの役に相応しい俳優は?”とか“どう演出すべきか?”“本当にデンマークを舞台にしたいのか?”などといったことです。彼が、自分のクリエイティブ・ヴィジョンや大志を第一に考えていたのは間違いないでしょうが、“資金は大丈夫なのか?”“パトロンに十分いい席を用意できるのか?”“骸骨はどこで手に入れたらいい?”など、考えなくてはならない、対処しなくてはならない、より俗世的な事柄もあったでしょう。“これは文学なのか?”という質問は、シェイクスピアの中では最も縁遠いものだったと私は確信しています

出典:www.barks.jp

ディランはノーベル賞受賞の知らせを受けて、まずシェイクスピアの事を考えてたんだね
演劇を制作するに当たっては、資金、舞台、衣装、小道具など・・・現実的な事、ひょっとしたら文学の本質とは関係のない些末な事に対して労力をかえたのではないか?
今となっては偉大なシェイクスピアも、文学のためではなく、舞台を成功させるために奮闘しただけではないかということですね
そもそも、シェイクスピアの言葉は、読まれるのではなく話されるためのものだしね
つまりこれは、ボブ・ディランさんのノーベル文学賞受賞に批判的な意見への反論ですね!
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シェイクスピアも、ボブ・ディランも・・・すべてのクリエーターも(僕も?)、目指すところただひとつ!

たくさんのレコードやコンサート~全ての中枢にあるのは、曲です

出典:www.charitybuzz.com

パフォーマーとして私は5万人を前にプレイしたことも50人を前にプレイしたこともあります。そして、50人を前にプレイするほうが難しいのです。5万人は1つのペルソナとなりますが、50人はそうではありません。1人1人が、それぞれ別の違ったアイディンティティ、言葉を持ちます。彼らは物事をより明確に見抜くことができるのです。あなたの誠実さ、それが才能の深さとどう結びつくのか、試されるのです。ノーベル委員会は小さい、これが意味することを私は理解しております

しかし、シェイクスピアと同じように、私も創作に最善を尽くすと同時に、“この曲に最適なミュージシャンは?”“相応しいスタジオでレコーディングしているのか?”“この曲はこのキーでいいのか”などと俗事に追われることが多々あります。400年経っても変わらないことはあるのです。

出典:www.barks.jp

シェイクスピアも、ボブ・ディランも、・・・僭越ながら、ひょっとしたら僕も、目指そうとしているところは、同じかもしれないよ
はいはい(笑)
笑うな~!(笑)
シェイクスピアも舞台の大きさや配役なんかに気を使い、ディランもスタジオの良し悪しや曲のキーを考えながら創作活動を続けてきたんだよ
僕も、どう表現すればブログ・・・ウェブの表現で多くの人、または一人の個人に伝わるのだろうかと考えているんだよ・・・根っこは一緒じゃないの?
後は伝えようとしている中身の問題ですね・・・
くまちゃんの中に果たして、シェイクスピアやディランが伝えようとしているような人類の普遍的なテーマがあるのでしょうか?(笑)
楽しんでもらって、たまに良い事言って褒められたらいいなあと目論んでいる程度・・・そうあらためて言われると自信ないか(笑)
くまちゃんの事はともかく、このスピーチが創作活動に励んでいる世界のクリエーターを励ましていることは事実でしょうね
そういうことだよ!(笑)
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私の曲は文学なのか?その答えは・・・

私の曲は文学なのか?

出典:www.nobelprize.org

“私の曲は文学なのか?”と、自分に問いかける時間を持ったことはありませんでした。
ですから、この質問を考察する時間を持ち、最終的に、こんな素晴らしい答えを見出してくれたスウェーデン・アカデミーに感謝します。
みなさまのご多幸をお祈りします。

ボブ・ディラン

出典:www.barks.jp

はい!ボブ・ディランのスピーチ全文を見てきました
私の曲は文学なのか?
その答えは・・・
「風の中」は無しですよ!!
・・・

Blowing In The Wind (Live On TV, March 1963)


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