【昭和から平成】AV女優、伝説の10人(1986-1992年デビュー)

サブカル
平成の終わりに振り返る!
え・・・(赤面)。

↓山田孝之が主役・村西監督を演じるNetflixオリジナルシリーズ(実写ドラマ)が制作決定、2019年配信予定! これは観たい(笑)。

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【1986-1992年】昭和から平成へ、伝説のAV女優を振り返る

AV女優、つまりアダルトビデオ女優。
昭和から平成へ、伝説のAV女優を振り返る。
伝説のAV女優ですか・・・?
バブル期から、平成初頭にかけ、アダルトビデオ業界の黎明期のお話だよ。
まずは、村西とおる監督のコメントを見よ。
え~と(検索中)・・・こちらですね。当時、AVの売り上げは、『1万本』がヒットの基準だったようです。

 黎明期に様々な伝説を築いた村西とおる監督が言う。
「私が1986年に黒木香の『SMぽいの好き』を発売した当時、全国には約1万店のレンタルビデオ店があった。AVはレンタル主流の時代でしたから、そのほぼ全てのお店に出回ったことで、『1万本が大ヒット』になったのではないか。しかも私の会社には個人の購入希望者から8万本分の現金書留まで届いた。巨乳の元祖・松坂季実子はデビュー作『でっか~いの、めっけ!』が1万本以上売れたのはもちろん、2作目以降が発売されても売れ続けましたね」

 バブル期に入ってヒット作はさらに増加する。AVライターの尾谷幸憲氏が解説する。
「アイドルAVの先駆けが1988年の葉山レイコ『処女宮 うぶ毛のヴィーナス』。1990年代に入ると、星野ひかるの『処女宮 第2章』が3万本を売り上げたという話も。また1992年にデビューし、深夜番組でも活躍していた飯島愛の出演作は『すべて1万本を超えていた』と噂され、AV女優のタレント化を加速させた」

出典:www.news-postseven.com

懐かしいキーワードが並んどるのう・・・村西とおる監督をはじめ、黒木香、松坂季実子、葉山レイコなどなど。
僕は聞いたことがあるような、ないような・・・。
雨後の筍のように、レンタルビデオ店が全国に出来始めた時代だよ。
今はどんどん無くなっていっています・・・。
僕なんかはちょうど高校生くらい。レンタルビデオ店のアダルトコーナーはまさに禁断の場所。勇気と劣情を持ってその地へと足を踏み入れたもんですよ。そして、ビデオを物色するときのあの恍惚。レンタル料金も最初は高かったけどねえ・・・(苦笑)。
へー。
今日はその時代の女神を10人、ピックアップしてみたぞ。平成から次の時代へと移ろうとする今、もう一度、伝説よ降臨せよ!
はいはい(冷笑)。

↓1990年代に話題となったインタビュー集。

【1986年デビュー】最初の美女AV女優、小林ひとみ(こばやしひとみ、1963年生)

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

最初の美女AV女優と呼んでもよかろう。こんなにキレイな女性がまさか・・・という最初の衝撃だよね。
へー。

小林 ひとみ(こばやし ひとみ、1963年9月2日 – )は、日本の元AV女優・元ストリッパー。
アダルトビデオを、サブカルチャーにおけるジャンルの一種として確立させた功労者であり、「AV女優」という呼称が一般化したのは小林ひとみが出てからであるとも言われている。

出典:ja.wikipedia.org

熟女になってからも活躍を続けた彼女。熟女時代の小林ひとみの映像は、今もAmazonで簡単に入手できるぞ。
ホントだー。

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

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【1986年デビュー】最初の美少女AV女優、葉山レイコ(はやまれいこ、1969年生)

出典:

こんなアイドルみたいな可愛い子がまさか・・・の先駆けだよね。
またそのパターン(笑)。まさにアダルトビデオ黎明期ってことですね。

葉山 レイコ(はやま れいこ、1969年7月13日 – )は、日本の女優、タレント。愛知県名古屋市出身。所属事務所は浅井企画。AV女優、歌手として活動したこともある。ボディサイズはT160/B80/W56/H83(歌手デビューからAVデビュー時)→T162/B81/W56/H84(2006年、公式HP)。血液型A型。

1984年、NHK教育テレビの『中学生日記』に出演していたところをスカウトされ、CFに出演。1986年、「オフショアの恋人」でポリドール(現ユニバーサルミュージック)/Sound World(ダイエーグループのレコード販売店、後にアシーネと合併)より歌手デビュー。「ハワイアン族のマドンナ」として売り出されるが、芽が出ないままグラビア中心の活動に移行。

1988年3月、『オトメクラブ』(白夜書房)誌上で初ヌードを披露。翌月、『週刊プレイボーイ』の巻頭グラビアを飾り注目を集め、以後グラビアで人気となる。同年9月には唯一のアダルトビデオ作品、『処女宮 うぶ毛のヴィーナス』に出演、大ヒットとなる(成人指定のビデオは他にも発売されているが、いずれもイメージビデオの域を出るものではない)。

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実際に芸能活動が先で、芽が出ずにヌードからアダルトビデオというパターンの先駆けでもある。
元タレントってことですね。

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【1986年デビュー】最初の知性派AV女優、黒木香(くろきかおる、1965年生)

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

どこか上品な感じと、それに反して、ぼうぼうのワキ毛が強烈なインパクトを残した。村西とおる監督のキャラクターと共に、アダルト業界を超えて有名になった女優さんだよ。
僕は、ワキ毛はちょっと・・・。

黒木 香(くろき かおる、1965年1月21日[1] – )は、日本の元AV女優。その特異な個性が重宝されてテレビ番組に多数出演した。

鹿児島県鹿屋市出身で、女子学院高等学校卒業後に横浜国立大学へ入学して教育学部美術学科でイタリア美術を専攻する。在籍中の1986年にイタリア留学の費用を自ら工面するため、アダルトビデオ (AV) に出演してデビュー作『SMぽいの好き』(クリスタル映像)が異例に大ヒットし、一般にもその名を知られる。

当時は女子大学生のAV出演は世間で知られておらず、特に大学名を公開した現役の国立大学の学生の出演は異例であった。ゴールデンタイムのテレビ番組にも多数出演した。「良家の令嬢」でありながら卑猥な言葉を連呼し、16歳以降剃毛していないと自ら語るわき毛を大胆に露出して人気となった。討論番組のテレビ朝日『朝まで生テレビ』にもパネリストとして出演したこともある。

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どことなく知的な雰囲気は、元祖「壇蜜」?
チッチョリーナか、黒木香かっていう時代だったね。
ん?チッチョリーナ?

※チッチョリーナはこの頃イタリアの下院議員となった元ポルノ女優です。

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【1987年デビュー】最初のキレイなお姉さんAV女優、冴島奈緒(さえじまなお、1968年生)

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何を隠そう、冴島奈緒が一番好きだった。僕の中ではナンバーワンAV女優だな。
へー、そんなんですか。
歌手活動他、AV発マルチタレントの先駆けと言ってもいいと思う。この人がいなかったら飯島愛もいなかったと、僕は勝手に思っている。
勝手にそう評価しているんですね(笑)。

冴島 奈緒(さえじま なお、1968年3月23日 – 2012年9月29日)は、日本のAV女優、歌手、女優、実業家。東京都千代田区出身。

1985年、グラビアモデルとしてデビュー。深夜番組『11PM』(日本テレビ)の火曜日の名物企画「秘湯の旅」のレポーター(通称「うさぎちゃん」)の1人として、全裸に近い状態で数々の温泉を紹介。華奢な体からは想像できない巨乳と、クールな雰囲気を漂わせる色白美人として、一挙に人気を得る。

1987年、『冴島奈緒/FカップNo.1 奈緒の目覚め』でAVデビュー。『11PM』に出演していたという話題と、スリムな体形に巨乳のアンバランスさでAVでも人気が爆発する。

2012年9月29日、この5年ほど前から患っていた癌により逝去。44歳没。

出典:ja.wikipedia.org

・・・。すでにお亡くなりになっていたことを、たった今知ったよ。ショックでかい。
ファンなのに知らなかったんですね(苦笑)。

出典:aeoncinema-video.unext.jp

↓このカセットテープにはずいぶんお世話になりました。

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【1988年デビュー】最初の淫乱AV女優、豊丸(とよまる、1967年生)

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

豊丸の出現も衝撃だった。まさに淫乱をそのまま体現したAV女優。
野性的な表情ですねえ。

鹿児島県出身。豊丸名義で、1988年にAVデビュー。1980年代後半を代表するAV女優の1人で、多くのテレビ番組にも出演した。

それまで受け身が普通だったAV女優にはない、自ら感じまくり積極的に男を求める猥褻演技で最強の淫乱女優として人気を博する。1988年から89年にかけてAV界を席巻した淫乱ブームの中心的存在で、その時代は沙也加、咲田葵、亜里沙、沖田ゆかり、栗原早記、有希蘭、千代君といった女優が淫乱派として覇を競ったが、その中で一番の知名度を誇った。豊丸を特徴づけたのは、絶頂の時に白目をむいて「イグーッ! イグーッ!」と絶叫する性癖で、彼女の作品のほとんどにはこのパフォーマンスが見られる。 女性器に大根挿入したプレイやフィストファックをするなどの過激な行為でも有名であった。

「男の人と目が合っただけで濡れる」「ビデオで何度もイッた日でも家に帰ってオナニーする」「男性経験1,000人以上」「一度に12人の男の人とベッド・インした経験がある」などの経験談を、雑誌のインタビュー等を通じて自身の淫乱性を証明するように語っている。しかし撮影以外では気遣いのできる礼儀正しい女性であったという。

出典:ja.wikipedia.org

キャラを作っていたんじゃないですか?
いやいや、たぶん本当に淫乱だったんだろう。

出典:不明

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【1989年デビュー】最初の巨乳AV女優、松坂季実子(まつざかきみこ、1969年生)

出典:aucview.aucfan.com

まさに巨乳の代名詞。巨乳ブームはこの人から始まった。
髪型がバブルっぽいです。

大妻女子大学短期大学部在学中スカウトされ、1989年にAV監督・村西とおる率いるダイヤモンド映像よりデビュー。当時のAV女優としては並外れたホルスタイン並の巨乳が大きな反響を呼んだ。なお芸名は、当時のいい女の代表格と評された女優、松坂慶子の「松坂」と池上季実子の「季実子」を組み合わせたもの。

松坂の登場によりAV業界全体に「巨乳ブーム」が巻き起こり、「巨乳もの」はAVの一ジャンルとして広く認知されるようになった。

出典:ja.wikipedia.org

松坂慶子の「松坂」と池上季実子の「季実子」、実に安直ですがすがしい。
AV女優はいつの時代も有名女優の名前をパクッてますよね・・・。

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

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【1989年デビュー】最初のパーフェクトAV女優、桜樹ルイ(さくらぎるい、1969年生)

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この人もタレントからAV女優へ。顔、スタイル、エロさ、AV女優に必要なすべてを備えていたという。もうこのへんからみんな美人で可愛いのが当たり前になった。
相当人気があったらしいですね。

桜樹 ルイ (さくらぎ るい、1969年3月8日 – )は、日本の元AV女優、女優。本名は海老沢 美紀(えびさわ みき)。1990年代前半を代表するAV女優で、当時AVは千本売れればヒットと言われる中で、出す作品が毎回コンスタントに八千本から一万本を売り上げる人気を誇り、AVクィーンと呼ばれた。AV時代は1970年3月8日生、東京都出身としていた。趣味はファミコン、特技はエレキベース。

出典:ja.wikipedia.org

でも、桜樹ルイと樹まり子のイメージがかなりかぶってる・・・。どっちも完璧系だし。
え~と(検索中)・・・樹まり子さんも、巨乳・淫乱・美人で、桜樹 ルイと同世代のAV女優さんですね。

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【1990年デビュー】最初のお嬢様AV女優、白石ひとみ(しらいしひとみ、1971年生)

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美少女、お嬢様系の究極が白石ひとみ。
清楚な感じ女性がAVにってパターンですね。

白石 ひとみ(しらいし ひとみ、1971年12月25日 – )は、日本の元AV女優。東京都出身。1990年9月、『ヴァージン・エクスタシー 官能姫』でAVデビュー。

出典:ja.wikipedia.org

 学生時代はどちらかというと地味な方で、もともと芸能界とかAV業界のような表舞台には興味がありませんでした。街でスカウトされて、遊び半分で事務所について行きました。

 そこで見せてもらった作品に、偶然にも高校の先輩で、校内で有名な美少女だった星野ひかるさんが出ていたんです。それで、星野さんのいる世界ならやってみてもいいかもと心変わりしました。

 1990年にデビューしましたが、雑誌に宣伝記事が出たことで親にバレてしまい、辞めさせられました。でも、親に怒られたから辞めた、というのは情けないなと思い、親を説得し1年後に復帰したんです。

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なんと!星野ひかると先輩後輩だったとは!
今、知った・・・。
え~と(検索中)・・・星野ひかるさんも同時期に大人気だった美少女AV女優みたいですね。さすが東京の学校ですねえ。

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なんだその田舎者コメントは(笑)。

↓デビュー作品。

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

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【1992年デビュー】平成最強の元AV女優、飯島愛(いいじまあい、1972年生)

出典:Amazon

泣く子も黙る飯島愛。最強の元AV女優といえば、もう彼女しかいないだろう。
僕はタレントとしての飯島愛さんしか知りません。

1972年10月31日~2008年12月24日(自宅にて死亡、享年36歳)
身長163cm B86 W56 H85
ワタナベエンターテインメント所属。

AV女優として芸能界に入り。

アダルトビデオ卒業後はタレントとしてバラエティー番組に進出。当初はTバックを穿いての深夜バラエティー番組への出演が多かったが、束縛されない自由奔放な発言が次第に話題を呼び、ゴールデンタイムのバラエティー番組にレギュラー出演するなど、活躍の場を広げていく。

芸能生活も順調だった2000年に発売された自伝的エッセイ『プラトニック?セックス?』が若い女性たちを中心に幅広い層に受け入れられ、100万部を越える大ヒットを記録。ドラマ化、映画化もされ、日本国内だけではなく台湾などでも大ヒット。海を越えての大ベストセラーとなった。バラエティー番組に出演する傍らで、雑誌に連載記事をもつなど幅広く活動した。

2007年3月いっぱいでの芸能界引退を発表。2008年12月24日、自宅マンションで死去していた事がわかった。

出典:d.hatena.ne.jp

『プラトニック・セックス』は僕も買って読んだよ。まさにドラマのような一生だったね。
波乱万丈でした。

出典:aucview.aucfan.com

出典:不明

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【1992年デビュー】小悪魔系AV女優、憂木瞳(ゆうきひとみ、1973年生)

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

憂木瞳も、飯島愛と同じく『ギルガメッシュないと』だね。
伝説的な深夜番組だったんですねえ。

憂木 瞳(ゆうき ひとみ、1973年8月31日 – )は、1990年代前半を代表するAV女優の1人。父方の祖母がドイツ人である。東京都出身。

学生時代はサッカー部のマネージャーをしており、サッカー部レギュラー11人中7人と関係があったという。
美容専門学校に通っていた時に新宿でスカウトされ、1992年12月、「憂木瞳」名義の『危ない寄り道帰り道』(VIP)でデビュー。

あどけないベビーフェイスに加え、色白でスタイルの良いボディ、ハードな本番路線のカラミにより、AVメーカーとの専属契約がなかったにもかかわらず人気が上昇、トップAVアイドルの一人に数えられるようになった。

1993年半ばより出演した『ギルガメッシュないと』(テレビ東京)では、『夜食バンザイ』というコーナーで披露した「裸エプロン」姿が大きな反響を呼び、細川ふみえ、飯島愛に続く番組の看板アイドルになった。

出典:ja.wikipedia.org

サッカー部のエピソード、ホントかよ・・・。飄々としてて小悪魔系の女性だね。君なんてすぐ騙されちゃうぞ(笑)。
余計なお世話です。

出典:FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

↓ギルガメッシュないと時代。

出典:k-plus.biz

今でも購入できる「憂木瞳」作品→FANZA(ファンザ)/(旧DMM.R18)

そして、新しい時代へ

「AV出演強要問題」?「適正AV」?
これからのアダルトビデオ業界はどうなっていくんだろうねえ・・・。
わかりません(笑)。
これから性欲が減退していく一方の僕らの世代が、パッケージを手に取りたくなるような、そんな刺激的な女優さんが登場しないかなあ。
パッケージはもう無くなるんじゃないですか?
パッケージは言葉のあやだよ。いまさらパッケージは買わないって。隠し場所にも困るし。買うにしても電子データでこっそりだよ。これから僕らジジイのハートにも火をつけてくれるような女優さんが登場しないかなあ。
娘さんもいるんだし、もういい加減枯れてください。
いやいや、夢よ、もう一度!