不満なんですか・・・?
熊本競輪場、縮小し再開 収容人数半減 20年10月にも https://t.co/Vn36B1z8DK
— 熊本日日新聞社 (@KUMANICHIs) 2018年2月20日
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熊本競輪場、2020年10月にも再開決定
この日も券売所は営業中(2018年2月21日・お昼の散歩中に撮影)
跡地にサッカー専用スタジアムができないかなあ・・・なんて
カエルくん、きっと嫌がるよ?(笑)
それは最悪です!
競輪場再開反対!
競輪場に行く方の大半はタバコを吸いそうですよね・・・
平日のお昼の散歩で競輪場の中をぶらぶらすることもあったけど、おっさんたちが昼間っから酒呑んでギャンブルやっててねえ
僕は東京から熊本に帰ってきた時、熊本は昼からやってる居酒屋とか少ないから残念に思っていた
けれど、水前寺の競輪場界隈だけは昼から酒を呑む文化があって、ある意味、都会的だなと思ったよ
こういう昼間っから酒を呑めるような場所が、熊本にあってもいいんじゃない?
熊本競輪場、縮小し再開 収容人数半減 20年10月にも
熊本市の大西一史市長は19日、熊本地震で被災し開催中止が続く熊本競輪場(中央区水前寺)を、規模を縮小して再開すると明らかにした。再開時期は、早ければ2020年10月としている。
改修費は27億円の見込み。市は競輪場の基金12億5千万円(16年度末)や他場で開催している主催レースの収益、駐車場の一部売却など、競輪事業のみで財源を確保。被害の大きいバックスタンド(995人収容)を廃止するなどして、収容人数を約半分の5千人程度に縮小して再開を目指す。一般会計からの繰り入れはしない。
大西市長は「事業の採算性を重視して決めた。競輪開催は復興財源につながるほか、競輪場は災害時の避難場所になる。アマチュア選手の練習拠点も確保できる」と説明。再開後は「大きなレースの誘致など、収益を高める取り組みも続ける」と強調した。
競輪場を巡っては、有識者や競輪関係者による外部検討会が昨年11月に事業の「縮小再開」を提言。全国の売り上げなどを基に収支を推計した結果、施設復旧費を補った上で市への年2億円の繰出金や、事業廃止時に必要な解体費など20億円を確保できるとした。
熊本競輪場は1950年開設。500メートルのバンク(走路)と立ち見を含め約1万2千人を収容するスタンドがある。2018年度はバンクの長さを含め改修規模を検討し、19年度から工事に入る。
日本競輪選手会熊本支部(76人)の松尾正人支部長は「市長が存続を明言して、ほっとした。地元開催は選手のモチベーション。競輪場再開まで、いいレースを続けて熊本を全国にアピールしたい」と話している。(高橋俊啓)
競輪ファンにも愛される、昔ながらの「味千ラーメン 競輪場前店」
出典:tabelog.com
「味千ラーメン 競輪場前店」は、僕もたまに食べに行くけど、店内はやはり競輪場の常連客がいて、お酒呑んでる人もいるよ(笑)
テレビは当然、競輪中継ね
味千ラーメンチェーン店は店によって個性があるけど、ここは僕好き
ラーメン以外にも居酒屋メニューもあるぞ
エビやイカは入ってないけど、シャキシャキ野菜たっぷり
ふつうサイズでもすごいボリューム
ちゃんぽん 650円(写真は大盛りではなく、ふつうサイズです!)
競輪場の正門前ということで、競輪開催日にはテレビでレースを見ながら食事ができます。
お酒の好きな方のために、くじら刺、馬力焼(馬肉の焼肉)などのおつまみもあります。所在地 熊本市中央区水前寺5丁目24-34
禁煙/喫煙 喫煙可
電話番号 096-383-1455
定休日 不定休
駐車場 なし
営業時間 11:00 ~ 20:00
2017年11月オープンの話題のお店「横浜家系ラーメン すずき家 愛(すずきやあい)」
僕も東京時代に、いわゆる家系は何度か食べたことある
熊本でも食べれるようになってよかったなと思う
そんなにしょっちゅうは行かないけどね
ちょっと心配な面もある
ま、そのうち安定するでしょう
追伸:やむを得ない事情があったとのことです。これからに期待!(2/26追記)
ご当地店の暖簾分けとして初上陸した横浜家系ラーメン専門店の誕生!
横浜の人気店『すずき家』の暖簾分けとして熊本初登場。頭骨を炊いた豚骨スープをベースに、鶏油(チーユ)を浮かべた“家系ラーメン”が味わえる。スープの醤油は横浜で使用する自家製。塩ラーメンには九州の醤油を使用しているという。横浜直送の「長多屋製麺」との絡みも抜群だ。
すずき家 愛(あい)
住所
熊本市中央区水前寺4-38-10
電話番号
096-234-7309
営業時間
11:00~15:00/18:00~22:00
休み
月曜、第1火曜(祝日、「愛の日」の場合は翌日)
席数
17席
駐車場
2台
水前寺界隈は、お昼の散歩コースなのです
熊本地震の前までは、年に数回、J2リーグ・ロアッソ熊本の試合も開催されていた水前寺陸上競技場。こちらも修復が進む。
以前は、「牛若」っていうお好み焼き屋さんでね
で、大将がもういい年だからと一旦引退した後、でも、また飲食店をやりたいってことで数年間、お好み焼き屋を営業されていたんだよね
女将さんもおしゃべりで元気なおばあちゃんでね
最近は寒くてあんまりうろちょろしてなかったけど、そろそろいい気候になってくるからね
ジェーンズ邸もどうなるかねえ・・・
「熊本地震で倒壊した洋館の移築先を市が唐突に変更した。納得いかん」。#熊本市 の男性からそんな声が届いた。1871(明治4)年に建てられた「洋学校教師館ジェーンズ邸」。過去の資料をたどると洋館の「流浪の歴史」が浮かんだ。#あなたの特命取材班 #熊本地震 #文化財https://t.co/Vzva2vw0s0
— 西日本新聞社会部 (@nishinippon_sha) 2018年2月19日
流浪の洋館、安住の地は 熊本県重文ジェーンズ邸 4度目移築前、地震で倒壊
「熊本地震で倒壊した貴重な洋館の移築先を、市が唐突に変更した。納得いかん」。熊本市の男性から、そんな声が届いた。洋館とは、1871(明治4)年に建てられた熊本県指定重要文化財の「洋学校教師館ジェーンズ邸」のこと。特命取材班が過去の資料をたどると、明治-昭和期に3度の移築を繰り返した「流浪の歴史」が浮かんだ。
ジェーンズ邸は木造2階建て。熊本藩が洋学校教師として招いた米国の元陸軍将校リロイ・ランシング・ジェーンズ(1837~1909)のために建てた。県内最古の洋風建築である。
洋学校が5年で閉校すると、数奇な運命をたどる。建築当初の熊本市中央区の古城町から1894年に南千反畑町に移築され、1932年には水道町に移る。「移築の経緯はよく分からない」と市担当者。戦後になり、一時取り壊す話も浮上したが、市民の要望を受け、70年に現在地の水前寺公園へ移築した。
この間、熊本城が戦場となった1877年の西南戦争で官軍の本陣となり、日露戦争と第1次世界大戦では捕虜収容所だった。他にも物産館、県立学校の校舎、日本赤十字社の施設などに使用された。重宝されてきたようだが、気の毒なほどの流転ぶりだ。
男性が残念がるのは、市幹部が2011年の市議会で「創建地の熊本城周辺への移築を調査する」と答弁し、地元住民たちが「観光客が増えて地元が活気づく」と期待していたからだ。そこに、想定外の熊本地震が起きた。
市は復旧費約5億円の財源として国が67%を負担する災害復旧費補助金に着目。ただ、創建地には県立第一高があるため移築は難しく、隣接する熊本城の敷地も特別史跡のため関係省庁との調整に手間取りそう。そこで市は昨秋、通算5カ所目となる地所として、現在地の南西約300メートルの市立体育館跡地(中央区水前寺公園)を示した。
市が1月に開いた住民説明会では、創建地の地元住民らから反対意見が相次いだ。市は「創建地が理想だが、現実的には経費や時間の制約が厳しい。建物の価値はどこに移っても変わらない」と説明。住民との意見の溝は埋まっていない。
流浪の洋館の安住の地はどこになるのか-。被災後に解体された部材は、市の保管庫で復旧の時を静かに待つ。
=2018/02/20付 西日本新聞朝刊=
↓2017年4月撮影