【慟哭】頭からバリボリと人を食べるクマ~北海道のあの事件や熊本のあの事件など・・・

サブカル
スポンサーリンク
スポンサーリンク
ウィキペディアの「三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)」、マジで怖いよ(震)。
北海道のヒグマの事件・・・ですか?

名前:くま(♂)
プロフィール:高齢子育て中、毎日吞まずにはいられない
特技:リフティング50回
名前:カエル(♂)
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症、シニカルな視点は世代のせい?
特技:インターネット超高速検索
スポンサーリンク

インターネット上でみかける、巨大なクマの写真・・・

出典:dinooftheweek.blogspot.com

出典:www.reddit.com

インターネット上でみかける、巨大なクマの写真。ホントにこんなデカいクマがいるのかしら…。
その大きさに驚きます。人間に危害を加えないならいいのですが…。
人間に危害が及ぶこともあるぞー。もっとも有名な「三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)」の復元跡地の写真がこれだね。北海道に行ったら、ぜひ見てみたい!
このシーン、まるで怪獣映画のワンシーンですよね…。

出典:www.jalan.net

スポンサーリンク

僕とヒグマ、九州でもヒグマが見れます~カドリードミニオン(熊本・阿蘇)

北海道の話の前に、僕らの住む熊本の話題を少しだけ…。

僕とヒグマです(笑)。

これは…〇年前、今の奥さんとデートでカドリードミニオン(熊本・阿蘇)に行ったときの写真だよ。
今の奥さんってことは、昔の奥さんもいるんですか?(笑)
そういう意地悪いうなよ…知ってるくせに。
ごめんなさい(笑)。
九州に野生のクマはいないって話は前にしたけど、北海道には日本に住む野生動物の中で最も大きい、最凶のクマ・・・そうヒグマがいる。

関連エントリー→熊本に野生のクマはいませんよ~♡ 九州のツキノワグマはすでに絶滅?

ヒグマ・・・エゾヒグマ?
そのヒグマによる、日本史上最悪のクマ被害と呼ばれる「三毛別羆事件」、まじ怖いよ。
「三毛別羆事件」ですか?どんな事件だろ?え~と(検索中)…。
でもその前に…ここ熊本のカドリードミニオン(旧阿蘇くま牧場)でも過去、怖い事件があった。まずは熊本の話を聞いとくれ。
僕らの住んでいる熊本でも、クマ絡みの怖い事件があるんですね。
子グマにかみ殺されて死んだ女性

89年2月夜7時ごろ、61歳の主婦が自宅から約1時間半ほどの、熊本県阿蘇町にある阿蘇クマ牧場十二支苑内の子グマ舎へ飛び降りて自殺した。
ドスーンという音を聞いた飼育係が駆けつけると、柵から2.5m下の子グマ舎では、68頭のクマが黒山のように1ヶ所に群がり重なりあっていた。消火器でクマを追い払うと、白い粉のなかから人の姿が浮かんできた。死体はすでに子グマに食い荒らされており、内臓はすっかりなくなって、胃から腸にかけてポッカリと大きな穴が開き、手や足など全身の数ヶ所にクマに食いちぎられた跡があった。衣服はズタズタに引き裂かれ、裸同然で、右目は飛び出していた。
彼女は熱心な仏教の信者で、以前から「自分は悪魔の世界に落ちる」「人間は死んでも魂は生き残る」などと語っていた。昼すぎに家を出るときには「私はあの世に行くように言われている」と言い残し、夫宛に遺書も残していた。近所からは変わり者と見られていた。
この女性は以前に「トラに食べられて死にたい」などともらしていたことから、クマ舎の隣にあるトラの檻に入ろうとしたが、鉄格子がかかっているため入れず、代わりに隣のクマ舎に飛び込んだとも噂されている。

出典:megalodon.jp

これも怖いでしょ…自分から檻の中に飛び込むとはね。今のカドリードミニオンが、阿蘇クマ牧場だった時代の話、昔ベストセラーになった「完全自殺マニュアル」に収録されてる。
女性は宗教にハマっていたんですね…尋常ではありません(怖)。
「パンくん」で有名なあの動物園でクマ惨殺事件が起きていた

2014.12.08 07:00

同誌によると惨劇が起きたのは11月23日午後1時過ぎのことだった。「ベアバレー」の檻のひとつから、突然、「ヴォー」「ゴォウアー」というクマの奇声が響き渡った。目撃者は1頭のクマの上に6~7頭のクマが折り重なるように襲いかかっていたと証言している。

「『バリバリ、ボリボリ』という音が響き渡り、生臭い匂いが漂ってきたんです。音は骨が砕けた時のもので、クマが食べられてる……そう気がついて、背筋が凍りつきました」

 現場に居合わせた熊本市在住の主婦・Aさんは週刊ポストにそう語っている。

 同誌が取材した飼育担当者によると、ヒマラヤグマの檻の中で、客が与える売り餌のチキンの取り合いになったのがきっかけのようだ。襲われたクマは程なくして死亡してしまったという。クマのケンカは勝っているほうに加勢する傾向もあるのだそうだ。

 騒ぎのあった檻は、翌日から平常通りに営業している。

出典:www.news-postseven.com

『バリバリ、ボリボリ』とか、エヴァンゲリオンじゃないんだから…。
そんなシーンありましたね(苦笑)。

出典:twitter.com

こっちは比較的最近、クマ同士で人的被害じゃないけど、怖いよね。
でも、翌日から平常通りに営業…ですか。
スポンサーリンク

【ヒグマ】サメより怖い?今でも毎年報告されるクマによる被害

出典:thelostlighthouse.com

日本史上最悪のクマ被害と呼ばれる「三毛別羆事件」の前に…。まず札幌市のホームページから、ヒグマの生態について、軽く理解しておこう。
ずいぶん、ひっぱりますね…。ヒグマは日本には北海道だけに生息しているんですね。
ヒグマの分布


ヒグマは、世界では北半球に広く分布し、さまざまな自然環境に生息しています。日本では北海道にのみ生息しており、国内では最も大きな陸上動物です。
また、石狩西部のヒグマ個体群は環境省レッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されています。

体の大きさ

  • 体長
    オス: 約2.0m
    メス: 約1.5m
  • 体重
    オス: 約150~400kg
    メス: 約100~200kg

※産まれてすぐは400gくらい

出典:www.city.sapporo.jp

体長は四つ足歩行時の体勢の長さなんだね。立ったらもっとデカいんだ…。
中には…規格外の体長、体重の個体もいるんでしょうねえ。
いるんじゃない? 被害にあった方には申し訳ないけど…僕の中では、サメのニュースは夏の風物詩、クマのニュースは冬の風物詩、怖いもの見たさで、ついつい注目しちゃうんだよね。
サメのお話はこちらです。

関連エントリー→日本にもいる!?恐怖の人食いザメ・・・夏がくると気になるサメのニュース!

サメは人間があえて海に入らないと襲ってこないけど、クマは家の中で安穏としている人間を襲ってくるからねえ…。そういう意味では、クマが生息する地域の人にとってはサメより怖いよね。
クマが人家に出没したというニュースもありますよね。
日本史上最悪のクマ被害と呼ばれる「三毛別羆事件」も、人の領域に入ってきたクマの事件だよ。そして、日本での人的被害の数はサメよりクマの方が多いんじゃない? しかも、今も減るどころか、増えてるかも?
ヒグマのいる北海道や、ツキノワグマのいる本州はそうかもしれませんね。え~と(検索中)…今年も苫小牧民報社では注意喚起の記事が出ています。
ヒグマ目撃相次ぐ 冬眠前、餌求め活発化

2017/11/7配信
 苫小牧市内では9月以降、市民らによるヒグマの目撃や痕跡の確認が相次いでいる。市への情報提供は昨年、同月から11月末までに9件だったが、今年は6日時点で13件に上っている。この時期はヒグマが冬眠前に餌を探して活発に動き回るが道によると今秋、苫小牧近郊の森では餌となる木の実の生育は芳しくない。このため、市街地や農地への出没が例年よりも増える可能性があり、市や道は注意を呼び掛けている。

出典:www.tomamin.co.jp

じゃあ、いよいよ、日本史上最も被害を出した獣害事件、「三毛別羆事件」について。
え~と(検索中)…ウィキペディアから引用します。
スポンサーリンク

史上最悪の獣害事件、三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)とは・・・?


三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)とは、1915年(大正4年)12月9日から12月14日にかけて、北海道苫前郡苫前村三毛別(現:苫前町三渓)六線沢で発生した、クマの獣害(じゅうがい)としては日本史上最悪の被害を出した事件。六線沢熊害事件(ろくせんさわゆうがいじけん)、苫前羆事件(とままえひぐまじけん)、苫前三毛別事件(とままえさんけべつじけん)とも呼ばれる。

エゾヒグマが数度にわたり民家を襲い、開拓民7名が死亡、3名が重傷を負った。事件を受けて討伐隊が組織され、問題の熊が射殺されたことで事態は終息した。

出典:ja.wikipedia.org

むか~し、会社の社員旅行で、結構近くまで行ったことあるかも? そのへんの海岸線をレンタカーで走ったような記憶がある。寒い地域だから、町並みや家のつくりなんかがずいぶん違う印象だったなあ。
へー。事件は日本海の沿岸から内陸へ30kmほど入った地区だそうですね。
ウィキペディアの記載は、なかなか読み応えがあるけど、長いからちょっとまとめてみたよ。
12月9日から12月14日までの出来事ですね。

※ウィキペディアを短く再編集しました。

11月初旬、池田家の騒動

1915年(大正4年)11月初旬のある夜明け前、六線沢の池田家に巨大なヒグマが姿を現した。飼い馬が驚いて暴れたため、その時の被害はわずかなものに留まった。村は開拓の端緒にかかったばかりの土地でもあり、このような野生動物の襲来は珍しいものではなかったが、主人である池田富蔵(いけだ とみぞう)はぬかるみに残った足跡の大きさに懸念を持った。

12月9日、太田家の惨劇

12月9日の朝、三毛別川上流に居を構える太田家で、当主の太田三郎(おおた さぶろう、当時42歳)が仕事で出払っている間、三郎の内縁の妻・阿部マユ(あべ まゆ、当時34歳)と太田家に預けられていた少年・蓮見幹雄(はすみ みきお、当時6歳)がヒグマに襲われた。
幹雄は土間の囲炉裏で喉元をえぐられ死亡、マユは血痕とともにヒグマにさらわれ、翌日遺体が見つかった。人間の肉の味を覚えたヒグマは、マユを雪に隠し保存食にしようとしていたという。

12月10日、太田家への再襲

夜、太田家では幹雄とマユの通夜が行われたが、村民はヒグマの襲来におびえ、参列は少なかった。案の定、酒宴の途中で大きな音とともにヒグマが室内に乱入。幸い犠牲者はでなかったが、混乱の中、ある男はあろうことか自身の妻を押し倒し、踏み台にして自分だけで梁の上に逃れた。以来、夫婦の間では喧嘩が絶えず、夫は妻に一生頭が上がらなかったという。

同10日、明景家の惨劇

前日の太田家の騒動を受け、明景家に避難した女性や子供らは火を焚きつつおびえながら過ごしていた。明景安太郎の妻・ヤヨ(当時34歳)、長男・力蔵(りきぞう、当時10歳)、次男・勇次郎(ゆうじろう、当時8歳)、長女・ヒサノ(当時6歳)、三男・金蔵(きんぞう、当時3歳)、四男・梅吉(うめきち、当時1歳)の6人と、斉藤家から避難していたタケ、巌、春義の3人、そして要吉の合計10人(タケの胎児を含めると11人)。
護衛は近隣に食事に出かけ、さらに太田家へのヒグマ再出没の報を受けて出動していたため、男手として残っていたのは要吉だけで、主人の安太郎は所用で鬼鹿村へ出掛けており不在だった。太田家から逃れたヒグマは、まさにこの守りのいない状態の明景家に向かっていた。
ヒグマの夜襲にあった明景家では、雑穀俵の影に隠れた力蔵と、失神したヒサノ以外はみな惨殺された。胎児の命乞いをしたタケにいたってはその願いもかなわず、無残にも上半身から食われたという。

12月11日

12月9日、斉藤石五郎(さいとう いしごろう、当時42歳)は太田家の惨劇を伝える使者役として、明景家に家族を預け、苫前村役場と古丹別巡査駐在所、幹雄の実家である力昼村(現・苫前町力昼)の蓮見家に行っていた。11日昼近く、戻ってきた石五郎は妻子の受難を知らされ、呆然と雪上に倒れ伏しただ慟哭をあげるしかなかったという。石五郎の使者役は最初に選ばれた男が嫌がったための代役だった。

12月12日

討伐隊が組織され、待ち伏せしたが、ヒグマは現れず、作戦は失敗に終わった。

12月13日

旭川の陸軍第7師団から歩兵第28連隊が事態収拾のために投入される運びとなり、将兵30名が出動した。一方、ヒグマは村人不在の家々を荒らし回っていた。飼われていた鶏を食い殺し、味噌や鰊漬けなどの保存食を荒らし、さらに、服や寝具などをずたずたにしていた。

12月14日

討伐隊に、山本兵吉(やまもと へいきち、当時57歳 )という熊撃ちが加わった。天塩国でも評判が高いマタギだった。彼が11月に起こった池田家の熊の出没さえ知っていたなら、9日の悲劇も10日の惨劇も起こらなかったものと、だれもが悔しがった。
兵吉は討伐隊と別れ、単独で山に入った。ヒグマは頂上付近でミズナラの木につかまり体を休めていた。その意識はふもとを登る討伐隊に向けられ、兵吉の存在には全く気づいていない。音をたてぬように20mほどにじり寄った兵吉は、ハルニレの樹に一旦身を隠し、銃を構えた。銃声が響き、一発目の弾はヒグマの心臓近くを撃ちぬいた。しかしヒグマは怯むことなく立ち上がって兵吉を睨みつけた。兵吉は即座に次の弾を込め、素早く放たれた二発目は頭部を正確に射抜いた。12月14日午前10時、轟いた銃声に急ぎ駆けつけた討伐隊が見たものは、村を恐怖の底に叩き落したヒグマの屠(ほふ)られた姿だった。

出典:ja.wikipedia.org

最初にこれを読んだとき…もう言葉を失ったよ。
…(震)。
この事件について、さらに詳しく知りたい方は、1980年代に出版された、吉村昭氏による「羆嵐 (新潮文庫) 」、または1990年代、元林務官の木村盛武氏による「慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件 (文春文庫)」を読まれるとよい。
どちらも電子書籍版もありますね。



↓さらに、釣りキチ三平の矢口高雄先生がマンガ化しています!

ヒグマによる獣害事件一覧を記しておこう。三毛別羆事件以外にも、恐ろしい事件はあるのだよ。
え~と(検索中)…こちらは事件の一覧です。
ヒグマによる獣害事件一覧
  • 三毛別羆事件
    言わずもがな、日本史上最も被害を出した獣害事件。
  • 石狩沼田幌新事件
    日本史上二位にあたる規模の獣害事件。祭りの後を襲った恐ろしい事件。
  • 札幌丘珠事件
    日本史上三位にあたる規模の獣害事件。冬眠中のヒグマを討ち損じて大惨事。かつてはこれが一番有名だった。
  • 下富良野事件
    留守中に少女がヒグマにさらわれ、藪の中で食い殺された事件。
  • 風不死岳事件
    警報を無視して登った結果の惨事。
  • 福岡大ワンゲル部・羆襲撃事件
    ヒグマの習性を世に知らしめる結果となった事件の一つ。
  • 秋田八幡平クマ牧場事件
    クマ牧場のヒグマが起こしたものとしては最大の事件。
  • グリズリーマン
    クマを愛する男が起こした、自業自得と言えなくもない事件。

出典:dic.nicovideo.jp

スポンサーリンク

人とヒグマの共生~アイヌの儀礼「イオマンテ」

でも、もともと北海道では、人とヒグマは昔から共存してきたんだよ。最後に…アイヌの「イオマンテ」という儀礼について触れておこう。
「イオマンテ」ですか? え~と(検索中)…。
イオマンテ


イオマンテ (iomante) とはアイヌの儀礼のひとつで、ヒグマなどの動物を殺してその魂であるカムイを神々の世界 (kamuy mosir) に送り帰す祭りのことである。


イオマンテの準備。画面右では長老がカムイに捧げるイナウを削り、女たちは酒の用意をしている。画面左では村人が熊の檻を囲んで踊り、神との別れを惜しんでいる。


熊を檻から引き出し、ロープをかけて広場に連れ出す。右から、熊の世話係だった女性が従う。


熊を広場の杭につなぎ、エペレアイ(儀礼用の矢。刺されにくく加工されている)を射かけ、「遊ばせる」。1914年に撮影された写真。

出典:ja.wikipedia.org

今では、こういう伝統も消えつつあるのかもね…。
ですかねえ。
在りし日の伝統に思いを馳せて、「イヨマンテの夜」を聞きながら、今日はこのへんで…。

伊藤久男 イヨマンテの夜1975

” iyomante no yoru” 北海道・東北地方の民族であるアイヌの「豊穣の祭り」として、古来から森に生息するヒグマを捕獲し、村の酋長が弓矢でそれを殺し、神の元に送り届け、自然の恵みを感謝し、集落の安寧を祈念する儀式を讃えた昭和歌謡です。NHKの「のど自慢」でも以前は自分の歌唱力を誇示する楽曲として頻繁に歌われたという名曲です。


タイトルとURLをコピーしました