【花井幸子デザイン】映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)の森雪、ピンクのタウンウェアについて【ファッションデザイナー】

サブカル
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なんで唐突にこの話題かというと…。
どうしてですか?
名前:くま(♂)
プロフィール:高齢子育て中、毎日吞まずにはいられない
特技:リフティング50回
名前:カエル(♂)
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症
特技:インターネット超高速検索
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【訃報】世界的ファッションデザイナー 森英恵さん死去 96歳

世界的ファッションデザイナー森英恵さん死去のニュースを聞いて「あれ?森英恵って、ヤマトの衣裳デザインをやってなかったっけ?」と思った。おそらく「森雪」と「森英恵」、似てるから記憶が錯乱していたと思われる(笑)。映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)で、衣裳デザインを担当したのは森英恵じゃなくて、ファッションデザイナーの花井幸子だったよ。
ちなみに、森英恵さんのお孫さん、三姉妹の次女のお名前は「森雪」さんです。そこも勘違いした要因かも?(苦笑)
そうなんだよ。それにしても、三宅一生(84歳)に 森英恵(96歳)、ファッション業界の大物の訃報が続くね…。
ご冥福をお祈りいたします。

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【1978年】映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』のプロデューサー西崎義展、コスチュームデザインにファッションデザイナーの花井幸子を起用する

出典:dot.asahi.com

地球に帰還した古代を宇宙港に迎えに行く普段着の森雪、ファッションデザイナー花井幸子がデザインしたこのタウンウェア、印象的だったよね。当時のアニメの衣装にしてはかなりオシャレ。
製作者のこだわりを感じます。
やはりプロデューサー西崎義展はこのへん徹底していたよね。アニメーションに各分野の大物をどんどんひっぱてきた。監督に舛田利雄、作詞に阿久悠、そして大スター沢田研二に主題歌を歌わせた。ヤマトを語る上で、西崎義展の存在は絶対無視できない。あんな人、もう現れないだろうなあ。
へー。

日本アニメの金字塔「宇宙戦艦ヤマト」が誕生してから40年以上になる。生みの親であるプロデューサー西崎義展(1934-2010)はすべてにおいて「特異な男」だった。交流をもった者は誰もが彼を「悪党」と評しながらも、そこには深い愛憎が見てとれる。いまや世界の文化である日本アニメを語るうえで無視することができない西崎義展の存在を、その大いなる成功と挫折から綿密に描く初の本格的ノンフィクション。 ‎ 講談社 (2017/12/20)

当時の花井幸子さんです。

出典:twitter.com

衣裳デザイン協力・花井幸子「アニメではあるが、あくまでもドラマの中の現在に立った夢ということでわりとリアルなものになった。アニメの仕事は初めてだが、とても楽しく勉強になった。」

出典:twitter.com

セル画に「タウンウェアー」と記載。

出典:aucfree.com

花井幸子デザイン、タウンウェア以外にも。

出典:twitter.com

映画では使用されていないが、ちょっとリラックスした古代進の艦内服(?)!

出典:jp.mercari.com

出典:aucfree.com

上の画像のいくつかは、このムック本に掲載されています。

出典:aucfree.com

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【ユキコハナイ】ファッションデザイナー花井幸子さん

出典:ginzanews.net

花井 幸子(はない ゆきこ、1937年11月12日 – )は、日本のファッションデザイナー。東京都青梅市出身。
新聞、広告関係、雑誌等で、ファッションイラストレーター、写真家としても活動。また審査員として、各団体、企業主催のコンクールなどの審査に携わる。「生活のすべてがデザインの場である」との自身の考えから、きもの、ゴルフウェア、宝飾品、インテリア、食器等44アイテム以上ものライセンス商品を展開。大手企業のユニフォームデザインも多数手がけている。日本舞踊の趣味が高じて藤間流の藤間藤太郎の元で長年、研鑽を積んでいる。
元モデル・テレビ司会者の芳村真理とは同年代ということもあってか、彼女のモデル時代から40年以上に及ぶ親交を持っている。芳村は「夜のヒットスタジオ」「料理天国」など自身が出演するテレビ番組で花井のデザインした服装を数多く着用している他、この2人の組み合わせによりトークショーや雑誌の対談企画がこれまでも数多く組まれ、ざっくばらんにファッション論や女性像などについて対談を重ねている。
また学校制服のデザインも手がけている。

出典:ja.wikipedia.org

花井幸子さん、日本を代表するファッションデザイナー。セツ・モードセミナー出身なのね。
花井幸子さんは華やかなお仕事以外にも、学校の制服のデザインなども数多くなさっているようですね。

 花井幸子はセツ・モードセミナーを修了後、1964年にアトリエ花井を設立。1968年に銀座に「マダム花井」ブティックを開設し、1970年から「YUKIKO HANAI」としてコレクションを発表。40年以上にわたって年2回の新作発表を続けてきた。青木希素江は、杉野ドレスメーカー女学院卒業しセツモードセミナーを修了後、1977年に花井に入社。同社の取締役に就任し、2015年春夏コレクションから花井幸子と共にデザインを指揮してきた。

出典:www.fashionsnap.com

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【参院議員】ユキコハナイを着た、生稲晃子さん

最後に蛇足と言わないでほしい(笑)。なにかと非難を浴び続ける、参院議員の生稲晃子氏。2021年にユキコハナイを着た姿がブログにアップされていた。政治、がんばってね。
只今、絶賛叩かれています…。