【平成・東京】『永福町大勝軒』を食べる~世田谷代田駅付近から、井の頭通りをぼちぼち歩いて永福町へ

エトセトラ
スポンサーリンク
スポンサーリンク
平成最後に『永福町大勝軒』が食べれてよかったよ。
熊本からわざわざ(苦笑)。
名前:くま(♂)
プロフィール:高齢子育て中、飲酒は週末のみ
特技:奥さんをフォローすること(嘘)
名前:カエル(♂)
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症
特技:インターネット超高速検索
今は熊本に住んでいるけど、大学時代から約20年ほど過ごした東京へ感傷旅行。平成の東京にお別れする、週末一泊二日の旅行だよ。
土日で行ってきたんですね。
スポンサーリンク

世田谷代田駅付近から、井の頭通りをぼちぼち歩いて永福町へ

昨夜は実に懐かしき夜だった。深夜0時すぎに居酒屋を出て、フラフラ歩いて今回宿泊した『やどかん』(世田谷代田)まで戻ってきた。しかし、さほど深酒にならなくてよかったよ。

関連エントリー→【平成・東京】まるで学生時代のボロアパート、宿泊施設『やどかん』(世田谷代田)に泊まってセンチメンタルジャーニーへ

大学時代の友人と再会したんですよね。
みんなの変わってないところは変わってなくてよかったよ。・・・そして、『やどかん』を10時にチェックアウトし、ぼちぼち歩いて永福町に向かうことにする。
結構歩くんじゃないですか?
少しは酒が残っているし、寝る前にもコンビニで衝動買いして食べたんだよね・・・。幸い睡眠は十分とったので、ちょっとくらい運動してコンディションを整え、それから久しぶりの『永福町大勝軒』に臨みたい。Googleマップで確認すると約3キロ、30分程度だよ。
そのくらいの距離なら、いい運動ですね。
環状7号線から井の頭通りを歩いて永福町へ。途中、かの有名な環7『なんでんかんでん』があった場所を通り、しばらく暮らしたこともある永福町の道を歩くよ。
引き続き、平成の東京にお別れ、センチメンタルジャーニーですね。

『やどかん』を出発。世田谷代田付近の高架から、小田原・片瀬江ノ島方面へと伸びる小田急線の線路が見える。

世田谷代田駅近くの東京農業大学のカフェ。「東京農大」という単語も懐かしい。

環7『なんでんかんでん』はこのへんだったろうか。この先、環状7号線から井の頭通りを曲がって歩く。

昔、このへんもクルマで走ったことがあるなあ。

京王線代田橋駅周辺です。一応近くに住んでいたのでなんとなく覚えていますが、世田谷代田、新代田、代田橋、ややこしいですね(笑)。

水道局の和田堀給水所。時代を感じさせる、趣のある建造物です。歩いているといろんなものが見えて楽しいですね。

井の頭通りと甲州街道が交差する、松原の交差点。甲州街道は春なのさ。

玉川上水公園です。スナックの女の子とここのベンチで座ってお話した他愛のない記憶を思い出す。

永福町へ続く道。自転車を漕いで走ったっけ。

この神田川沿いの遊歩道も、よくランニングしていたなあ。高井戸からちょうどこの地点までを往復していた。

ところで最近、自転車はここを走りなさいという表示が東京の道路にはあるようです。熊本もこうすればいいのに。

『永福町大勝軒』が見えました! 10年ぶりくらいかな?

20代前半の頃、このへんに住んでいました。このコインランドリーもよく使っていたなあ。

スポンサーリンク

【ラーメン学】『大勝軒』には3つの系列がある

さて、『永福町大勝軒』を食べる前にちょっとお勉強。ひとくちに大勝軒と言っても、東京には3つの大勝軒の系譜がある。
そうなんですか?
熊本の大勝軒はどの系譜ですか?
異なる歴史を持つ大勝軒の三大系譜

 まず「丸長・大勝軒系」の系譜。こちらは長野出身の蕎麦職人が共同経営により荻窪で始めた「丸長」(昭和22年創業)がルーツ。共同経営者の一人だった故坂口正安氏が丸長から離れて「中野 大勝軒」(昭和26年創業)を創業。坂口氏の親戚で店長を任されていたのが、つけ麺の元祖として知られる故山岸一雄氏で、山岸氏は中野時代に賄いから「つけそば」を考案しメニューに加えた。その後、山岸氏は独立して「東池袋 大勝軒」(昭和36年創業)を開く。山岸氏の下から独立した店主も多いため、大勝軒と名のつく店で一番多いのは丸長・大勝軒系だろう。今もつけ麺(つけそば、もりそばとも)が看板メニューになっている店が多い。

 次に「永福町大勝軒系」は、その名の通り永福町にある老舗「大勝軒」(昭和30年創業)の流れを汲む系譜。新潟出身で農家を営み、のちに上京して製麺業を営んでいた家で育った故草村賢治氏が創業した。たっぷりの煮干しとラードを使った醤油ラーメンが特徴で、麺の量も通常のラーメン店の倍ほど入っている。

 主によく知られている大勝軒は上述した「つけ麺の丸長・大勝軒系」と「煮干しの永福町大勝軒系」であるが、もう一つ忘れてはならない大勝軒の系譜が、人形町で創業した中華料理店「大勝軒」から連なる系譜だ。その創業は丸長・大勝軒系よりも永福町大勝軒系よりも古い、1912(大正元)年。現在本店は珈琲店に業態を変えてしまったが、系列店は今も中央区を中心にいくつも営業を続けている。

出典:news.yahoo.co.jp

熊本にも現在2軒、「大勝軒」の屋号を持つ店があるけど、たぶん「丸長・大勝軒系」だと思う。僕は「丸長・大勝軒系」も「永福町大勝軒系」も、複数店舗で食べたことあるけど、おそらく「丸長・大勝軒系」じゃないかな?
へー。
ただ人形町で創業した中華料理店「大勝軒」系列はちょっとまだ食べたことないんだよねえ。それはまたいずれ。大勝軒には3つの系列があるということだけ、熊本の君も覚えておいてくれ。
では、永福町のつづきです。
スポンサーリンク

【平成最後】『永福町大勝軒』を食べる

さあ、平成最後の『永福町大勝軒』。
沢山歩いて、ちょうどお腹も減ってたんじゃないですか?
おかげさまでコンディションばっちりよ。たしか前回は・・・山下達郎のライブ「PERFORMANCE 2008-2009」で中野サンプラザに参戦した際に、食べにきたような。だからちょうど10年ぶり。
達郎さんのライブでわざわざ東京まで(笑)。
だって、そのとき独身だもん。ちなみにあのツアー、今のところ、山下達郎が熊本に来た最後のツアー。僕は2月に熊本市民会館を観て、4月に中野サンプラザに行った。独身だったのもあるし、達郎もライブを再開したばかりで、希少性を感じて東京まで観に行ったんだよね。その後、コンスタントにライブは続いていていいことだ。
今度熊本城ホールも完成しますし、達郎さんがまた熊本に来るといいですね。
ね。さて、久しぶりの『永福町大勝軒』。開店前から商店街にも煮干しのいい香りが・・・。
とんこつの匂いじゃなくて、煮干しの匂いですね。
熊本じゃないから。それで、開店11時まで時間があったから近所をぶらついていたんだけど・・・気づいたら開店前なのに人がすでに入店していた。どうやら11時前に客を入れてるみたいね・・・。慌てて入店しようとすると、すでに満席で並ぶことになった。
あらら。せっかくずいぶん早く来たのに。
お店の前に並んだのは、この日は僕が一人目、それからあっという間に、後ろに行列ができた。まあ、数分で入店できてよかったよ。それに一番ゆっくり食べれそうなカウンターの端の席に案内されてラッキーだった。カウンター越しに現在の店主の仕事も眺めることもできた。ちなみに、創業者の草村賢治氏は昨年亡くなったそうで・・・。
え~と(検索中)・・・2018年8月に亡くなられたみたいですね。

永福町大勝軒の創業者・草村賢治氏は、2018年8月3日に亡くなられたそうです。合掌。

出典:twitter.com

ラーメンに対して厳格なお店だから、きっとその味と精神は受け継がれているはず。
創業者・草村賢治さんの著作もありますね。


お店に置いてあった。ラーメンが来るのを待ちながら、カウンターにあったこの本をパラパラめくってテンションを高めてから食べたよ。いやあ、今回も大満足。
良かったですね。

僕が注文するのはいつも「中華麺(生玉子付き)」です。

物凄い量です。最初ふつうにラーメンを楽しんだ後、途中、別皿の生卵に、スープ、醤油、お酢、ラー油を加え、つけ麵風の食べ方でアクセントをつけます。これが僕流だとずっと思っていたら、多くの方がそうしているみたいですね(笑)。

実は『永福町大勝軒』のラーメン、公式ホームページから通販で気軽に注文できる。
こちらですね。→お土産ラーメン
スポンサーリンク

永福町駅も変わった~屋上庭園ふくにわ

ラーメン食べた後、永福町駅に行ったら、立派な駅ビルになっていて驚いた。本屋も入ってるし。いつから?
え~と(検索中)・・・駅ビル「京王リトナード永福町」は2011年に開業したようです。

出典:ja.wikipedia.org

だよねえ。僕が東京にいた頃はまだなかったよ。・・・屋上に庭園があるらしいから、今回、上まで登ってみた。
すぐ高いところに登りたがる(笑)。
その言い方はおかしいだろ?
まあ、いいや。
ラーメン食べた後はどこに行ったんですか?
帰りの飛行機は夕方だから、まだ十分時間はある。永福町駅ビルの「屋上庭園ふくにわ」から高層ビル群の方を眺めながら考えた・・・渋谷に行こうか新宿に行こうか。とりあえず井の頭線に乗ってそのまま渋谷に行くことにしたよ。
次の目的地は渋谷駅ですね。
そのお話はまた次回。ああ大勝軒美味しかった。平成最後の大勝軒だったよ。
今の時期は、なんでもかんでも平成最後ですね・・・(苦笑)。

永福町駅前の交番です。昔、アパートの鍵を失くして、電話を借りたことがありました。携帯のない時代ですね(笑)。

屋上庭園ふくにわ。地元の人らしきお年寄りがくつろいでました。

永福町から眺める、新宿副都心のビル群。熊本に帰る前、新宿に行こうか・・・いや、渋谷をブラつくことにする。

タイトルとURLをコピーしました