『失われた10年、いや、失われた20年の始まり』~バック・トゥ・1991(遥か平成3年への旅)

ジジ放談
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我、22歳、大学3年なり。

※1浪しているので。

引き続き、東京時代ですね。
名前:くま(♂)
プロフィール:高齢子育て中、飲酒は週末のみ
特技:奥さんをフォローすること(嘘)
名前:カエル(♂)
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症
特技:インターネット超高速検索
1969年から2019年までの50年間を振り返るこの企画 ―――。
今の時代につながる萌芽(ほうが)を探すよ。
今回は1991年(遥か平成3年への旅)ですね。
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失われた10年、いや、失われた20年の始まり~バック・トゥ・1991

出典:toyokeizai.net

バブル景気の終焉と失われた10年の始まり・・・と後に言われるようになるのが1991年。いや、失われた20年かな?
ここから日本経済の長い停滞が始まります・・・。

出典:kabumatome.doorblog.jp

最近は日経平均もずいぶん戻ってきたかもしれないけど、やっぱりどこか停滞したままって感じはするよね。しかも、世界の中で日本が特に停滞しているらしいじゃん。
実際、上の図にあるように、先進国の中で、日本のGDPだけが20年前からマイナスになっているそうです。
どの指標を持って判断していいのかよくわからんが、インターネットの登場で世界が激変した中、日本だけ取り残された感はあるよね・・・。それと経済の停滞もきっと関係あるんでしょう。
僕ら日本人は、どうすればいいのでしょうか?
わからん!
そんな投げやりな・・・(苦笑)。
いや、わかった!既得権益を持つ年寄りが悪い!
日本に必要なのは早急な世代交代だね。今すぐ。・・・という訳で、僕ももう引退するよ。
いやいや、僕らはもう少し頑張りましょうよ(苦笑)。そもそも既得権益持ってないし・・・。


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「僕は死にましぇ〜ん」~遥か平成3年への旅

出典:bangumi.skyperfectv.co.jp

この年・・・1991年1月クウェートで湾岸戦争が勃発。4月には海上自衛隊のペルシャ湾掃海派遣部隊が出発した。これは自衛隊初の海外派遣である。12月にはソビエト連邦崩壊し、ゴルバチョフ大統領は辞任した。
ソ連はロシアになりました。
そもそも歴史の教科書では、ロシア革命(1917年)でロシアという国がソビエト連邦になったと教わっていた。またそれがロシアに戻るのが、この時はなんか不思議な感じだった。平和な日本で大人になった僕はまだ、世界でふつうに戦争が始まったり、突然国の名前が変わったりということに実感がなかった。戦争なんか他人事だったもんね。その後の平成の世の中で、世界各地ではしょっちゅう紛争やテロが起こることを実感した。逆に今では、テロのニュースに慣れて驚かなくなった自分がいるかもしれない。
それはよくないです。
さて、日本に目を向ける。1991年の東京。東京都庁が千代田区丸の内から新宿区西新宿に移転し、港区芝浦にジュリアナ東京オープンした。
一方九州では、長崎県の雲仙普賢岳で火砕流発生し、死者・行方不明者が43人も出ました・・・。
まだバブルの余韻が残るなか、フジテレビの『東京ラブストーリー』、『101回目のプロポーズ』が立て続けに話題となった。主題歌の小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」、CHAGE and ASKA「SAY YES」も大ヒットした。当然僕もリアルタイムで夢中に観たし、カラオケで歌った。特に後者。
『101回目のプロポーズ』ですか?
当時アルバイトをしていたビリヤード場で、ちょっと憧れの年上の女性と一緒に『101回目のプロポーズ』を観ていたなあ。どこか自分たちになぞらえてドキドキしながら(笑)。
バイト中に好きな人とドラマを観ていたんですか? 仕事してください(笑)。
いや、ビリヤード場の店番くらい、テレビ観ながらでもできるから(笑)。でも、彼女、今頃どうしているだろう? 僕はその数か月後に告白してフラれちゃったけどね(笑)。
まあ、いい思い出じゃないですか(苦笑)。


時代も変わったのう・・・。

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ビリヤード場でアルバイトをしていたあの頃

※写真はイメージです。でも、僕が働いていた店の雰囲気に似てる! 出典:bodymate.jp

ビリヤード場のバイトは楽しかったなあ。そんなに忙しくないし、自分たちもビリヤードやダーツをやってたし。
職場で遊ばないでください・・・。
いやいや、ビリヤード場の店員はある程度ビリヤードが上手な方がお客さんにアドバイスできるからいいんだぞ? 仕事の一環だよ。
まあ、そうかもしれませんが・・・。
店内のモニターですきな映像流せるし、音楽も好きな音楽をかけていた。その頃、バイト仲間の後輩が発売されたばかりのオリジナル・ラヴのファーストアルバム「LOVE! LOVE! & LOVE!」を持ってきて、一緒に聴いたっけ。
オリジナル・ラブさんはその頃デビューしたんですね。
そしてこの年、フリッパーズ・ギターは3枚目のアルバム「ヘッド博士の世界塔」を発表し、その後、唐突に解散した・・・。すっかり昔の話さ。
渋谷系の時代ですね。


でも、実家の熊本に帰って、田舎の友達とカラオケに行くと、みんなKAN「愛は勝つ」や大事MANブラザーズバンド「それが大事」だったからね。都会でオシャレな音楽を聴いていた僕は、やれやれって感じで、みんなにあわせて ASKAの「はじまりはいつも雨」なんかを歌ったりしたもんですよ。
上からですねえ。感じ悪っ。
槇原敬之「どんなときも。」や沢田知可子「会いたい」もこの年だったなあ。そして、ユーミンのアルバムは相変わらず売れていたっけ。
え~と(検索中)・・・1990年12月に発売された松任谷由実さんのアルバム「天国のドア」はこの年1991年、日本人で初めて200万枚を突破したそうです。
お!懐かしい映像を発見!
僕も映ってないかな?
1991年の渋谷ですかあ。

1991 渋谷夕方散策散歩 Shibuya Evening Walkabout 911123