【燃える闘魂】覇気のない令和の日本人よ! ギラギラ溢れる闘争心、これがアントニオ猪木だ!

気になって仕方ない
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元気ですかー!
いや、それほどでも(苦笑)。コロナですし。
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【NHK】「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」を見た…

NHKで放送された「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」を見たぞ。
アントニオ猪木さん、ずっと病床なんですよね。YouTubeチャンネルなどでも公開されているのは知っています。
うーむ。いよいよ猪木もヤバいだろ。急にツライ気持ちにならないで済むよう、心の準備をしておこう…。
いやいや(苦笑)。
ただやはり、若い頃の、あのアントニオ猪木のギラギラした目、そして、「炎のファイター」のBGMが流れてくると、こう条件反射で燃えてくるよね。僕ら昭和世代は。今日は追悼で、アントニオ猪木の昔のカッコいい画像を探してよ。
ですから、まだ一生懸命に闘病されてますって!(苦笑) でも画像は探しましょう。え~と(検索中)…。
冗談冗談。

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【ブラジル移民からの帰還】猪木寛至(かんじ)という男

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

NHKでも昔の写真や映像が流れたけど、やっぱ猪木はカッコいいよな。
アントニオ猪木さんは14歳でブラジルに移住、そしてブラジルで力道山にスカウトされて日本に戻ってきました。

1960年、力道山にサンパウロでスカウトされて帰国し、日本プロレスに入団する。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

アントニオ猪木の強靭な肉体は、ブラジルのコーヒー園での過酷な労働で作られたという。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

アントニオ猪木

本名・猪木寛至。1943年2月20日、横浜市鶴見区生まれ。14歳で家族とともにブラジルに移住。1960年、力道山にサンパウロでスカウトされて帰国し、日本プロレスに入団する。1964年からアメリカで武者修行をし、1966年、東京プロレスを旗揚げ。翌年、日本プロレスに復帰も、1972年に再度、新日本プロレスを旗揚げする。「ストロングスタイル」を掲げ、異種格闘技戦に挑戦。1976年にはボクシングヘビー級王者のモハメド・アリとの「格闘技世界一決定戦」を行う。1989年にスポーツ平和党を結成。参議院銀選挙に出馬し、プロレスラー初の国会議員になる。1998年4月、現役引退。2013年より2期目の参議院議員を務め、2019年6月に政界引退。2020年2月に喜寿を迎えた。

出典:Amazon

イノキ全史。「地球が俺の戦場だった!!」ウィズコロナを生き抜く日本人へラストメッセージ。秘蔵写真“特別掲載”。

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若き日のアントニオ猪木

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

若き日のアントニオ猪木って、常に目がギラギラしてるでしょ。平和ボケした僕らが今、若い頃の猪木の目を見ると、気が引き締まる思いだよ。
ブラジルでは、農園での過酷な労働、野生動物も住むジャングル近くでの危険な生活、さらに、日本に戻ってからも師匠力道山さんからの鬼のようなシゴキ…肉体も精神も尋常じゃないくらい鍛えられたに違いありません。

力道山からは虐めのような強烈なシゴキを受けたという。

出典:www.pinterest.jp

ジャイアント馬場とアントニオ猪木。馬場は猪木より年上、また元読売巨人軍のエースという経歴もある。同じ力道山の門下生でも待遇が相当違ったらしい。

出典:www.pinterest.jp

永遠のライバルでもあるが、心通じ合う二人だったに違いない。

出典:www.pinterest.jp

ところで、猪木が日本にタバスコを持ち込んだという都市伝説がある。しかし、本当のところは、猪木以前にもタバスコは日本に入ってきており、それは正確ではないらしい。ただタバスコが日本でまだあまり浸透していなかった時代、猪木がやっていた事業の影響で、より日本に広まったといったところが正しいみたいだな。
へー。

タバスコは、1868年の誕生以来、変わらぬレシピ、製法、場所で作り続けられています。現在では160ヵ国を超える食卓で愛され、毎年一億本以上が食されています。タバスコペッパーソースは厳選された真っ赤なタバスコ唐辛子、塩、ビネガーのシンプルな原材料で絶妙な味わいです。パスタ、ピザ、タコス、チーズ料理や、オイスターといった魚介、煮込み料理、トマトジュースやカクテルの隠し味等、様々な使い方でお楽しみいただけます。1868年の誕生以来変わることのない伝統の味です。

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【名言・迷言】アントニオ猪木、溢れ出るパワーワード「いつ何時、何処でも、誰の挑戦でも受ける!」「元気ですかー!」「1・2・3ダー!」

出典:www.pinterest.jp

迷言・ダジャレ・オヤジギャグもあるが、心打つ名言もある。魂を揺るがす言葉も、やはりあの艱難辛苦の道を歩んできた男だからこそ、だろう。猪木とえば「道」、実は猪木本人の詩じゃなく座右の銘らしいが、あれが有名だよね。
え~と(検索中)…こちらですね。猪木さんの自伝では一休宗純の言葉として記されてるそうですが、実は清沢哲夫(のちの暁烏哲夫)氏の詩「道」が出典のようです。

出典:crd.ndl.go.jp

「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 
踏み出せばその一足が道となり その一足が道となる 迷わず行けよ 行けばわかるさ」 

出典:crd.ndl.go.jp

「迷わず行けよ 行けばわかるさ」にどれほど勇気づけられたことか。自分の人生を振り返って、迷って行った道で失敗しても後悔はなかった。しかし選ばなかった道に関しては後悔が残っている。若者よ、迷ったらまずは行ってみるべし。
年を取って後悔しても仕方ないですからね。

【収録語録】
「人に気をつかって平均点とってるやつに光るだけのエネルギーなんかありっこない」
「人間が追いつめられた時に出すエネルギーは、それは凄いものがありますからね」
「世間には、よく『私はファンのために頑張ります』なんていうやつがいるけど、そんなの嘘だね」
「素材にこしょうを利かせて、うまく料理する。イベント屋は観客をびっくりさせて、面白がらせることが大事。遊び心、子供心がないとだめなんだ」
「何でもあり、というかね、こういう混とんとした時代の中でね、非常識っていうか、枠をぶっこわしたものが、望まれているんです」
「常識なんてものはあいまいで、時にはウソが混じっていたりもする。だからそこをほんの1ミリ外して考えてみると、意外と真実が見えるものなんだ」
「そもそも俺は詐欺師が大好きなんだ」
「全て準備ができてから船を出すのではなく、一番いい時に出航させて船を完成させるのはそれからでもいい」
「夢というのは純粋性がなくちゃダメですよ」
「さらけ出すからこそ見えてくるものがあるんですね」
「革命とか変革というのは、無意識に何かを本能的に感じた人間が起こすもの」 ほか

世界のモハメド・アリを前にして、この悠々たる表情。これぞ日本人プロレスラー・アントニオ猪木である。

出典:www.pinterest.jp

世紀の茶番とも言われたが、この運命の一戦の後、アリとの友情は生涯続いた。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

1960年のプロレス・デビューから数えて、昨年60周年を迎えたアントニオ猪木。これまで多くのファンに勇気と感動、そして夢を与えてきた。本BOXでは、猪木の放った言霊「魂の咆哮」と、猪木自らが選んだ名勝負(26試合)を厳選収録。猪木語録と云われる「魂の叫び」を完全網羅する。

★「俺の首をかき斬ってみろ!」、「その気で来るなら俺が受けてやるぜ」、「出る前に負ける事考える馬鹿いるかよ!」、「いつ何時、何処でも、誰の挑戦でも受ける」、「この道を行けば どうなるものか」、「道はどんなに厳しくとも 笑いながら歩こうぜ!」、「今 俺は人生のホームレスをやっています」 、「1・2・3ダー!」、「元気ですかー!」等々、数え上げたらキリがない、あの猪木の名言はいつ、どこで生まれたか?
現存する映像に初公開の映像を加え、1972年の新日本プロレスの貴重な旗揚げ戦の挨拶映像から、大物日本人対決、格闘技世界一戦、IWGP構想、UWFとの抗争、世代闘争、TPG、天龍源一郎戦、UWFとの抗争、引退までのカウントダウン、引退試合、格闘技ロードなど、激動の新日本プロレスの1970年~2000年代を時系列で収録!!

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【スロット】「アントニオ猪木という名のパチスロ機」、1日で20数万円儲けた話

出典:www.titularswift.top

閑話休題。自慢で恐縮だが、「アントニオ猪木という名のパチスロ機」、1日で20数万円儲けたことがある。もちろん人生のトータルではマイナスだし、スロットなんてもう10年以上やってないけどね。
1日で20数万円はインパクトありますよね。1か月の給料じゃないですか。
あれは杉並区の某パチスロ店。当時、仕事をやめて半年くらいブラブラしていた時期。開店9時に遅れて10時にスロット店に到着したら、「アントニオ猪木という名のパチスロ機」の島は満席。ただすぐに1台空いたんだよね。ちょうど角の席でラッキーと思って座った。そんなガツガツ勝ちたいと思っていなかったと思う。角の台でのんびりタバコでも吸いながらスロットをぼーっとやろうと思っただけ。しかし、1時間出ていない台だったが、僕が座った途端すぐにボーナス。後にも先にもあの時だけ、10時すぎの最初のボーナスから閉店まで、なんとほぼ途切れることなく当たり続けた。閉店で仕方なくやめて換金したら、20万円を優に超えていたな。あんときは無職だったし嬉しかったぞ。猪木に感謝したよ。
ひょっとしてお昼も食べてないとか?(苦笑)
食べてない食べてない。朝10時から夜11時まで座りっぱなし打ちっぱなし。その後、焼き肉食べに行ったか、寿司食べに行ったか、もう忘れちゃったけどね。よく行ってた寿司屋はその時間にはもう閉店しているから寿司じゃないな(笑)。
でも人生のトータルでは、パチンコ・パチスロはマイナスなんですよね。
それは間違いない。もう二度とやらない(笑)。
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【燃える闘魂】『炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜』~アントニオ猪木の入場テーマ曲に今でも熱くなる!

出典:www.pinterest.jp

最後に…猪木といえば、燃える闘魂。そして、あのテーマ曲。『炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜』だよ。
メロディーを聴いたら僕でもわかりました。
あの曲、もともとモハメド・アリの映画の挿入歌だったんだって。アリから譲って貰って、アレンジされ、猪木のテーマ曲になったらしい。
へー。
考えてみたら、ちゃんと音源もってないかも。プロレス全般のコンピレーションアルバムでも買うか?
探してみましょう。え~と(検索中)…。

出典:www.pinterest.jp

Inoki Bom-Ba-Ye (Theme of Antonio Inoki) アントニオ猪木

お、いいのあった。「スカイハイ」とかも入ってるぞ。
今現在、総合的にこちらがいいかと思われます。

1983年ビクターから発売されたプロレス・テーマ曲集のパイオニア/創始LPの『ザ・プロレスリング』が30年の時を経て復刻。日本プロレス激闘60年史(2012年時)!選手別テーマ曲とともに、各選手・名勝負の数々が甦る!! (C)RS ※もちろん「炎のファイター」も収録。

燃える闘魂、アントニオ猪木。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

燃える闘魂と呼ばれた男だが、今最後の敵に戦いを挑んでいる。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

リングで戦うアントニオ猪木。上を向いているのは顎だけではない!

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

猪木も日本人としては巨漢だが、この対格差! この時、アンドレ・ザ・ジャイアントのカラダのデカさも全盛だったという。※猪木190センチ100キロ、アンドレ224センチ236キロと言われる。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

見よ!このアントニオ猪木の鬼気迫る表情を。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

成長した愛弟子の藤波辰爾と全力で戦う猪木。今にも喋りだしそうな筋肉が、その気迫を雄弁に物語っている。

出典:NHK「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」

精魂尽きたかのような、覇気のない令和の日本人よ! もう一度言う! 燃える闘魂、アントニオ猪木~!

出典:www.pinterest.jp