「子どもの質問 (2) ~『死んだらどうなるの?』」くまちゃん・R子の子育て日記(25日目)

わんつー、みーせーてー!
わんつー、みーせーてー!
ん?「わんつー」って何?
水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」のことだよ(笑)。

『三百六十五歩のマーチ』水前寺清子

しあわせは 歩いてこない
だから歩いて ゆくんだね
一日一歩 三日で三歩
三歩進んで 二歩さがる
人生は ワン・ツー・パンチ
汗かき べそかき 歩こうよ
あなたのつけた 足あとにゃ
きれいな花が 咲くでしょう

引用:『三百六十五歩のマーチ』水前寺清子
作詞 星野哲郎

えー、そんな曲、いつ聴いたの(笑)?
この前のスマスマで、水前寺清子とくまモンとスマップが、一緒に歌ってたでしょ。
それからユーチューブとかでもよく観てるんだよ。
あ、そうか。熊本地震の後、結構流れてるもんね。
わんちゅー!
わんちゅー!
くまちゃんとR子の第一子むーちゃん(♀)は、この春、2歳になりました。
R子は高齢出産(アラフォーで高齢呼ばわりとは・・・)でしたが、幸い元気な子が生まれて、すくすくと育っています。
☆☆☆☆☆
前回の子どもの質問 (1) ~『なぜ勉強するのか?』に続いて、
今回は子どもの質問 (2) ~『死んだらどうなるの?』について
話し合ってみたいと思います。
親の死生観はどうしても子どもへも影響を与えてしますと思いますので。
この前の続きで、子どもの質問について考えてみよう。
今回は『死んだらどうなるの?』について、話し合ってみない?
むーちゃんがもう少し大きくなってから答える練習で。
いいわよ。でも、難しそうね。
自分が子どもの時を振り返って、
いつ死をちゃんと理解したのかは思い出せないけど、
限りある命というものについて、
影響を受けたアニメーションがあるんだよね。
R子はあんまり知らないかなあ・・・?

銀河鉄道999ね。あんまり知らないけど、
でも、いいセリフね。
映画「さよなら銀河鉄道999」で宇宙海賊キャプテン・ハーロックが主人公の星野鉄郎に言ったセリフね。
「銀河鉄道999」は、永遠の命が約束される機械のカラダを、なんとタダでくれるという遥か彼方の星に向かって、その鉄郎少年と謎の美女メーテルが銀河鉄道で旅をするお話ね。
結局、冒険の中で人生を学んで、限りある命の尊さを知るっていう物語だけど、それを象徴しているのがこのセリフじゃないかな。
なんかロマンチックね。
そのアニメーションがパパの死生観に影響を与えているのね。


死生観について、遥か昔から、世界の宗教ではどう考えられているでしょうか?
ちなみに、僕もR子も、特別な信仰は持っていません。

死生観についてウィキペディアより抜粋

バラモン教、ヒンドゥー教、仏教
・・・「輪廻」。人は何度も転生する。

中国
・・・死後も生前と同じ生活が続く。死は生の延長線上にある。

古代エジプト
・・・死は新たな人生のはじまり。新たな世界で「復活」する。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教
・・・天国か地獄かの審判を受けて「復活」する。

日本
・・・昔「黄泉の国」、今「極楽(天国)か地獄」。「無常観」。「自己犠牲」。

哲学
・・・ニーチェ「神は死んだ」→宗教的価値観の崩壊。ニヒリズム

出典:Wikipedia
死生観

さて!むーちゃんが近い将来訊いてきたら、何て答える?
幼稚園でも死について先生に聞いてくる子が結構いるみたいよ。
う~ん。やっぱり「死んだらお星さまになるのよ」が
幼稚園とかだったら無難じゃないかな?
そうだね、お星さまはイメージがわきやすいよね。
「星になる」ということで、「ここから居なくなる」「手の届かないところに行く」「二度と会えない」ということが子どもにも理解できるし、しかし一方で、「空を見上げるといつでも見える」という子どもにとっての安心感、ひょっとしたらロケットでも使って「いつか会いに行けるかもしれない」という希望も含んでいるからね。昔からあるけどいい回答かもね。
でしょ!
ところで、死んだら天国に行くとか地獄に行くとかって、親が教えなくても、周りの影響で勝手に覚えるのかね?
「極楽極楽」とか「地獄のようにツライ」とか、天国や地獄の概念は一般生活でも使うでしょ。
悪いことすると「地獄」に行くと本気で思っている子ども、今もいるのかなあ?
最近の子どもは、「悪いことをしたら地獄に落ちる」とか、
「嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれる」とか、
あんまり教えられないんじゃないかしら?
そうだよね。僕もあえて、地獄や天国を強調して躾(しつけ)をしないくてもいいような気がする。
そうね。
ああ、ごめん。でもやっぱりわからない。
最近のいたづらばっかりするむーちゃんを見ていると、
ちょっと脅しながら躾したくなるかもしれない・・・。
そ、そうね(笑)。いたづら酷いもんね・・・。
「死」というものを正確に理解できるのは小学校中学年か高学年くらいから、らしいね。
十分に死というものを理解できるのはもっと先じゃないかしら。
自分はどうだったかなあ。だいたいそのくらいの年齢で理解できてたかなあ。
身近な人の死とかなかった?
そういえば・・・。
小学校高学年のとき、親戚のおじさんが亡くなったよ。
僕よりもっと小さかったいとこが、大泣きしていたのを覚えている。
僕は泣かなかったけど、彼はおじさんと一緒に暮らしていたからね。
身近な人の死、ペットの死なんかを大人と一緒に経験しながら、
死の概念を学んでいくのよね。
パパも「銀河鉄道999」で命について学んだように。
そういう機会にきちんと寄り添ってあげる大人がいることが大事よね。
そうだね。なにかとお葬式のときはみんなバタバタしているけど、
小さい子に寄り添ってあげるのは大切だよね。間違いなく。
結論ね。もし近いうちに、むーちゃんが死について質問してきたら、
「お星さま」で答えようね。
そして、もし実際に不慮の出来事が起こったり、
テレビや絵本なんかでも期会があれば、
少しずつその概念を伝えていくという方針でいいかしら?
だね。
実はとても近いところに、生きること、死ぬこと、について深い言葉が隠れていたよ。
むーちゃんも大好きな「アンパンマンのマーチ」です。

『アンパンマンのマーチ』

(途中略)

何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!

何が君の幸せ 何をして喜ぶ
解らないまま終わる そんなのは嫌だ!

そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも

引用:アンパンマンのマーチ
詩:やなせたかし

うれしいんだ!
いきる、よ!ろ!こ!び!
むーちゃん、テンション高いね(笑)!
そういえば、水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」も生きていく姿勢について、
メッセージが込められているよね。
子どもが死について感じることができる絵本です。
絵やタイトルが気になったら、手にとってみてください。




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