プロフィール:高齢子育て中、飲酒は週末のみ
特技:リフティング50回
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症
特技:インターネット超高速検索
【1980年代後半】大学の合格発表の日…
【鎌倉物語】遠い春の日、江ノ電に乗ってキラキラひかる海をぼんやり眺めていた。
いつも、なにか、ものたりなかった。若者たちはいつの時代も退屈な日常の中で生きている。夏の終わりのある朝、ヒロシが稲村ヶ崎に帰ってきた。待ち受けていたのは、伊勢佐木町のチンピラ、カッチャン。ボスの骨董壺を横流ししたラテン・バンドのリーダー、マサシを追っていると言う。そんな所へ、横須賀の波子という飛び切りイイ女が現れ、奇妙な友情が生まれ始めた頃、稲村ヶ崎に台風が近づいていた…。
【シャ・ラ・ラ】彼女とふたり江の島で
出典:Googleストリートビュー
【思い出にやさしく酔える】今も心に流れる「ラチエン通りのシスター」
茅ヶ崎の国道1号沿い「TOTO茅ヶ崎工場」東側から国道134 号まで、約2キロの道をラチエン通りといいます。
この通りの名は、松が丘に住んでいたドイツ人貿易商 ルドルフ・ ラチエン氏に因んでいます。
ラチエン氏は、桜が好きで、家の前の ラチエン通りに桜を植え、桜並木がとてもきれいな通りで、その頃は 「桜道」とも呼ばれていました。 江戸時代には「郷境」と呼ばれ、茅ヶ崎村と小和田村の堺であり、それ ぞれの漁場の堺ともなっていました。
ザザンオールスターズが唄った「ラチエン通りのシスター」は ボーカルの 桑田圭祐さんがこの通り近くに住んでいた初恋の人を想って作った 曲だといわれています。
国道134号の出口には「ホテルパシフェィック」のモデルになったホテルもありいました。
ラチエン通りには宇宙飛行士 土井隆雄さんのご両親の家があったり、 芥川賞作家の開高健さんの家があったりします。 開高健さんの家は現在、記念館として一般開放されています。
商店街では毎年ラチエン祭、朝市や流しそうめんなどの催しがあります。 また生活道路として市民に愛されるための交通マナーの運動や高齢化に伴った 防災などの取組みも積極的に行っております。