【手塚治虫全部読む11】悪とは何か?転機となった傑作「バンパイヤ」第1部、しかし第2部未完に【1966年週刊少年サンデー】

サブカル
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1960年代以降、手塚治虫が少年誌・青年誌・大人誌に連載した長編(中編)マンガを順不同でこれから全部読んでいきたい。
今回は1966年から、「週刊少年サンデー」に連載された「バンパイヤ」です。
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【手塚治虫全部読む11】悪とは何か?転機となった傑作「バンパイヤ」第1部、しかし第2部未完に【1966年週刊少年サンデー】

出典:tezukaosamu.net|バンパイヤ(第1部)

1966年の日本は、高度経済成長の真っ只中。東京オリンピック後の景気拡大で、テレビや家電が普及し、生活が近代化。ビートルズが初来日し、若者文化が花開く。トヨタ・カローラが発売。テレビはカラーが普及し始め、ウルトラマンも放送開始。希望と変化の年だった。

出典:grok

そんな時代、「バンパイヤ(第1部)(1966/06/12-1967/05/07)」は「週刊少年サンデー」(小学館)、「バンパイヤ(第2部)(1968/10-1969/04)」は「少年ブック」(集英社)に連載された作品です。

オオカミに変身する少年・トッペイを主人公にした怪奇作品です。

ある日、トッペイと名のる少年が、アニメーション制作会社・虫プロにあらわれ、手塚治虫社長に頼みこんで入社することになりました。

トッペイは、実はオオカミに変身するバンパイヤの一族で、行方不明の父を探すために上京してきたのでした。けれども、その秘密を悪人・ロックに知られてしまい、トッペイは、ロックの悪だくみに利用されてしまいます。

一方、同じころ、これまで人間にしいたげられてきたバンパイヤたちが、ひそかにバンパイヤ革命を起こすことを計画していました。その革命をやめさせようとするトッペイと手塚治虫。バンパイヤ革命をも自分の悪だくみに利用しようとするロック、そして警察、それぞれのおもわくが入り乱れ、トッペイはしだいにおいつめられていきます。

出典:tezukaosamu.net|バンパイヤ(第1部)

つい先日読んだ「きりひと讃歌」と、人間が獣に変身するという点は似ているが、「バンパイヤ」はまた違った魅力の作品となっている。

関連エントリー→【手塚治虫全部読む1】「きりひと讃歌」日本で海外で謎の奇病が発生!【1970年ビッグコミック】

「バンパイヤ(第2部)」の連載が1969年4月に未完のまま終わり、1970年から連載が始まったのが「きりひと讃歌」という時系列ですが、連載された媒体も、内容的にも、まったく別作品です。

「バンパイヤ」は—-まだPRする気だよ、図々しい—-「マクベス」のパロディである。ボクはシェイクスピアは齊藤茂吉氏ぐらい好きだが、「マクベス」と「リチャード三世」だけは大嫌いだ。あのロシア料理の羊みたいなどぎつさが手塚節に合わないらしい。これを使う気になったのは、「悪とはなにか」という、愚にもつかないテーマの物語の、骨組みにしたかったからだ。間久部緑郎という主人公が、横浜の親不孝通りで、三人の星占いの老婆に、九竜虫かなにかを呑まされて、世界征服を予言されるところからはじまる。この作品に非難が集まったのは、まだほんの序の口で、読者はあまり唐突で異質な語り口に抵抗を感じたんじゃないか、といい意味に解釈したんだが、実のところ、ボク自身ひどく気持ちにいらだちと迷いがあることはかくせないのだ。
(後略)
(『話の特集』 1966年10月号 手塚治虫への弔辞 より抜粋)

出典:tezukaosamu.net|バンパイヤ(第1部)

いわゆる子どもに大人気の手塚マンガから一歩二歩進んで、かつての子どもたちが青年・大人へと成長するのと歩調を合わせるように、手塚はマンガの内容を進化させていったのだろう。ただいろいろ批判され、思うところあったみたいね。しかし、今初見で読んでも十分面白いのは、この「バンパイヤ」以降の作品が多いように思える。
「バンパイヤ」は、「悪とはなにか」をテーマに描かれた作品で、その悪を作中に体現しているのが、ロックこと間久部緑郎というキャラクターです。
間久部緑郎が、のちの「MW」冷血な主人公・結城美知夫につながる。こちらも最近読んだのでよくわかる。

関連エントリー→【手塚治虫全部読む2】「MW ムウ」同性愛と大量破壊兵器【1976年ビッグコミック】

「バンパイヤ」、「きりひと讃歌」、「MW」、続けて読むと面白いかもしれませんね。

シェークスピアの「マクベス」をベースにした作品で、ロックが、悪の化身のような青年・間久部緑郎を怪演しています。
バンパイヤ族と人間の戦いを描いた第1部は「週刊少年サンデー」に連載され、その後、ウェコが登場する第2部が少年向け月刊誌「少年ブック」に連載されました。

出典:tezukaosamu.net|バンパイヤ(第1部)

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【未完の2部】悪魔の申し子・ロック、バンパイヤのトッペイが再び登場、そして新たに描かれた奇獣ウェコとは…?

出典:バンパイヤ 4 手塚治虫

ここからクライマックスへ、さらに面白くなるような展開で唐突に終わるという…うーむ、もどかしい。
これがその、最後のシーンですね。

悪魔の申し子・ロックが、奇獣ウェコを利用して、再び悪魔の計画を遂行するという怪奇犯罪ドラマです。
死んだと思っていた悪魔の少年・間久部緑郎、通称ロックは、実は生きていました。
そのロックが、台湾の奥地でウェコという動物を手に入れ、日本へ舞い戻ってきたのです。
ウェコとは、動物の血を吸って生きるネコのような姿の動物で、自分の身を守るために、どんな人間にでも変身することができるのでした。
つまり、人間が獣に変身するバンパイヤの逆が、ウェコなのです。
ロックは、このウェコを教育し、檜山財閥の御曹子・ハヤトに化けさせて、檜山家の遺産と会社を乗っ取ろうと計画します。
しかし、ロックが殺したと思っていたハヤトは、記憶喪失となって生きていました。
(未完)

出典:tezukaosamu.net|バンパイヤ(第2部)

これ伏線だろうな、という過去のエピソードもあったのになあ。うーむ、もどかしい。
第2部未完から、手塚先生がお亡くなりになるまでまだずいぶん時間がありました。続きを描くチャンスがなかったようで残念ですね。

第2部はテレビドラマ放映開始時にメディアミックスとして、『少年ブック』にて1968年10月号から1969年4月号まで連載されたが、掲載誌の休刊により未完に終わった。
なお、講談社版『手塚治虫漫画全集』刊行の際、最終回配本として、編集部側が『新宝島』の収録を主張したのに対し、手塚は「かきおろしの話題作――たとえば「バンパイヤ」の完結編など――」を加えることを主張したが、編集部に押し切られたという。

出典:ja.wikipedia.org

手塚治虫は続きを描く気あったのに、編集部許せん。
ですよねえ(苦笑)。
で、あとがき読んで、ちょっと驚いたのだが…僕は手塚治虫はある程度ストーリーの取りかかりを決めて、あとは物語をドライブさせながら、本人すら知らぬ完結へと進むタイプの作家かと思っていたら、どうやら違うみたいだね。
こちらを読むと…手塚先生は物語の展開をはっきりと決めて描かれているようですね。

※4巻のあとがきより抜粋
 とにかく長編まんがの場合は、だれがどうなって最後にはどうなる……なんてことまで考えてとりかからないと、出場(でば)がごちゃごちゃになってしまって、すじのかきようがなくなります。ボクのまんがが何人も主役をだしながら、はじめからおわりまで、ごちゃごちゃしたり、まちがったりしないのは、バッチリ最初に、こういうことをきめてしまうからです。よく人に「手塚さんは連載をあんなにもっていて、人物をまちがえませんね」といわれますが、こうはっきりきめてしまえば、まちがえようがないのです。ただ眠くなってくると、アトムの顔が、真一やトッペイと似てしまうようなことはあります。
鉄腕アトムクラブ 昭和41年7月号~8月号「ボクのまんが記-まんが創作法」より

出典:バンパイヤ 4 手塚治虫

これは貴重な情報だな。もちろん、そうじゃないケースもあるだろうけど、大方完結までの地図を持って描いてるみたいだね。ということは、「バンパイヤ」第2部のエンディングも、死の直前に未完となった作品群の結末もちゃんと準備されていたことになる。重ね重ね残念だな。

関連エントリー→【1987年から死の直前まで】手塚治虫、未完の遺作3作品を読む

ですよねえ。
なお、「バンパイヤ」はテレビドラマ化されたわけだが、トッペイ役はなんと、かの水谷豊だったという!
相棒で有名な大物俳優、水谷豊さんのデビュー作が、「バンパイヤ」だったみたいですね。

出典:tezukaosamu.net

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