5年前の3月11日(金)

kuma
ごめん。ちょっとだけマジメかも。
kaeru

はい。

kuma
5年前の3月11日(金)、僕たちが住んでいる熊本はとても天気の良い日だったね。
kaeru

覚えていますよ。平日だったから僕は普通に仕事をしていました。

kuma
僕は訳あって、両親と一緒にちょうど実家にいたんだ。
実家もこの近くだけどね。
kaeru

僕が災害の事を知ったのは、少し時間が経ってからでした。

kuma
熊本は災害があった東日本から遠く離れているから仕方ないよね。
kaeru

このあたりは、何の変りもない平凡な一日でしたよね。

kuma
うん。天気は良くて、超のんびりした一日だった。
僕は、一人で実家の自分の部屋にいて、ぼんやりとテレビを見ていたんだ。
窓の外の牧歌的な風景のせいで、想像を絶するその映像が、余計に残酷に感じられた。
kaeru

そうかもしれませんね。

kuma
それから暗くなるまで、半日ずっとテレビの前にいたよ。
kaeru

・・・・。

kuma
ずっと昔に、自分が行ったことのある場所を思い出した。
水戸市から日立市方面へ海岸沿いをクルマで走ったなあとか。
仙台の街並み、宮城・松島の風景なんか・・・。
kaeru

・・・・。

kuma
でもね、一番ショックというか、響いてきたのは東京の映像だったよ。
kaeru

東京も地震の被害がありましたよね。

kuma
もちろん東北の方が一番の被害にあわれて、大変だったと思う。
でも、東京も建物が崩壊したり、公共交通機関が麻痺したよね。
線路の上とか人が歩いている映像あったでしょ。
kaeru

はい。

kuma
ああいうのが、ぐさっときたなあ。
kaeru

kuma
2011年って、僕が東京を離れてちょうど5年目くらいだったんだ。
いつも通勤で使ってた駅、通っていた通路なんかがテレビ画面に映っているんだけど、僕が知っている風景じゃないんだよね。
たしかに同じ場所、同じ建物なんだけど、そこの光景、そこの空気感は完全に違うっていうのを画面ごしに感じて、すごく寂しかった。
kaeru

・・・・。

震災の日の新宿駅

©朝日新聞

kuma
不謹慎な表現だったら申し訳ないけないけど、あの日の東京を共有できなかったことですごく東京と距離を感じた。
地震以前と地震以後で、僕が暮らしていた東京じゃなくなっちゃったように感じたんだ。
これは、もうひょっとしたら、本当に東京とお別れかな、って。
kaeru

くまちゃんは20年くらい東京にいたんですよね。

kuma
うん。
みんなそうだったと思うけど、それから数日間はなんか調子悪かったね。
幸いにも、直接的に被害にあった知り合いはいないみたいだったけど、なんかね・・・。
kaeru

・・・・。

kuma
ボランティアとか被災者のために行動起こした訳じゃないけど、モヤモヤを断ち切るため、あの日からしばらく経って走ることを始めた。それから1年くらい黙々と走ったね。仕事の帰りとか、休みの日とか。
kaeru

あの日を境に、何かを始めた方は多いですよね。

kuma
そうかもね。
僕なんてまったく、被災者のために何かやった訳じゃないけど、あの未曾有の出来事に何か影響を受けたことは確か。
一生懸命に生きなきゃな、とか本当に思ったもん。
だから、毎年この日は、そういうことを思い出して、自分を戒める日にしようかな、なんて思ってます。
kaeru

節目を作って、自分を戒めるのは大切ですよね。

kuma
ご清聴ありがとうございました。
2011年(平成23年)3月11日14時46分、東日本大震災が発生しました。
警視庁のプレスリリースによると、2016年3月10日時点で震災による死者・行方不明者は18,455人だそうです。
お亡くなりになられました方々のご冥福をお祈り申し上げます。
被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

追記(2016年8月)

本エントリーを書いた翌月、ご存知の通り、僕らが住む熊本で地震が発生しました。
このことによって、本エントリーに書いてあるような“東京との距離感”というものが、また微妙に変化しました。
時間のズレ、地域のズレはあるけども、僕もこの日本で被災したというへんな感覚(?)のせいです。
うまく言えませんが、現在は、僕が過ごしたかつての東京と今の自分の間に、心理的な距離感を感じなくなりました。なんでしょうね?

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