「おーい でてこーい」星新一

すこしふしぎ
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『おーい でてこーい』は、星新一の短編SF小説(ショートショート)。

文庫版で9ページの短編だが、ごみ問題に加え、世間体を気にするアカデミズムや利権に対する批評的視点が指摘されている。一方で、教科書研究では環境問題という読解に限らず、「人間性」について文芸的評価も指摘されている。

鹿間孝一は、ラストの描写がスペースデブリの落下を予測したとしている。また、発表された1958年は、水俣病が最初に報告された時期と重なり、放射性廃棄物の描写は、本作が日本の原子力発電所の建設ラッシュの時期と重なっていることが指摘されている。

初出は『宇宙塵』1958年8月号。

『ボッコちゃん』新潮文庫ほ-4-1(挿絵:真鍋博) 1971年(1987年改版) 新潮社、ISBN 978-4-10-109801-2

出典:ja.wikipedia.org

星 新一
SF作家(1926—1997) 

東京生まれ。東京大学農学部卒。1957年に「セキストラ」でデビュー。代表作に新潮文庫『ボッコちゃん』『盗賊会社』、角川文庫『きまぐれロボット』など。日本SF作家クラブの初代会長。1968年に『妄想銀行』および過去の業績により日本推理作家協会賞を受賞。1983年に、目標だったショートショート1001編を達成しました。

日本人の基礎教養として、必読だろ?
ですよねー。

(以下、全文引用)

 台風が去って、すばらしい青空になった。

 都会からあまりはなれていないある村でも、被害があった。村はずれの山に近い所にある小さな社(やしろ)が、がけくずれで流されたのだ。

 朝になってそれを知った村人たちは、

「あの社は、いつからあったのだろう」

「なにしろ、ずいぶん昔からあったらしいね」

「さっそく、建てなおさなくては、ならないな」

 と言いかわしながら、何人かがやってきた。

「ひどくやられたものだ」

「このへんだったかな」

「いや、もう少しあっちだったようだ」

 その時、一人が声を高めた。

「おい、この穴は、いったいなんだい」

 みんなが集まってきたところには、直径一メートルぐらいの穴があった。のぞき込んでみたが、なかは暗くてなにも見えない。なにか、地球の中心までつき抜けているように深い感じがした。

「キツネの穴かな」

 そんなことを言った者もあった。

「おーい、でてこーい」

 若者は穴にむかって叫んでみたが、底からはなんの反響もなかった。彼はつぎに、そばの石ころを拾って投げこもうとした。

「ばちが当るかもしれないから、やめとけよ」

 と老人がとめたが、彼は勢いよく石を投げこんだ。だが、底からはやはり反響がなかった。村人たちは、木を切って縄でむすんで柵をつくり、穴のまわりを囲った。そして、ひとまず村にひきあげた。

「どうしたもんだろう」

「穴の上に、もとのように社を建てようじゃないか」

 相談がきまらないまま、一日たった。早くも聞きつたえて、新聞社の自動車がかけつけた。まもなく、学者がやってきた。そしておれにわからないことはない、といった顔つきで穴の方にむかった。

 つづいて、物好きなやじうまたちが現れ、目のきょろきょろした利権屋みたいなものも、ちらほらみうけられた。駐在所の巡査は、穴に落ちる者があるといけないので、つきっきりで番をした。

 新聞社の一人は、長いひもの先におもりをつけて穴にたらした。ひもは、いくらでも下っていった。しかし、ひもがつきたので戻そうとしたが、あがらなかった。二、三人が手伝って無理に引っぱったら、ひもは穴のふちでちぎれた。

 写真機を片手にそれを見ていた記者の一人は、腰にまきつけていた丈夫な綱を、黙ってほどいた。

 学者は研究所に連絡して、高性能の拡声器を持ってこさせた。底からの反響を調べようとしたのだ。音をいろいろ変えてみたが、反響はなかった。学者は首をかしげたが、みんなが見つめているので、やめるわけにいかない。

 拡声器を穴にぴったりつけ、音量を最大にして、長いあいだ鳴らしつづけた。地上なら、何十キロと遠くまで達する音だ。だが、穴は平然と音をのみこんだ。

 学者も内心は弱ったが、落ち着いたそぶりで音をとめ、もっともらしい口調で言った。

「埋めてしまいなさい」

 わからないことは、なくしてしまうのが無難だった。

 見物人たちは、なんだこれでおしまいかといった顔つきで、引きあげようとした。その時、人垣をかきわけて前に出た利権屋の一人が、申し出た。

「その穴を、わたしにください。埋めてあげます」

 村長はそれに答えた。

「埋めていただくのはありがたいが、穴をあげるわけにはいかない。そこに、社を建てなくてはならないんだから」

「社なら、あとでわたしがもっと立派なものを、建ててあげます。集会場つきにしましょうか」

 村長が答えるさきに、村の者たちが、

「本当かい。それならもっと村の近くがいい」

「穴のひとつぐらい、あげますよ」

 と口々に叫んだので、きまってしまった。もっとも、村長だって、異議はなかった。

 その利権屋の約束は、でたらめではなかった。小さいけれど集会場つきの社を、もっと村の近くに建ててくれた。

 新しい社で秋祭りの行われたころ、利権屋の設立した穴埋め会社も、穴のそばの小屋で小さな看板をかかげた。

 利権屋は、仲間を都会で猛運動させた。すばらしく深い穴がありますよ。学者たちも、少なくとも五千メートルはあると言っています。原子炉のカスなんか捨てるのに、絶好でしょう。

 官庁は、許可を与えた。原子力発電会社は、争って契約した。村人たちはちょっと心配したが、数千年は絶対に地上に害は出ないと説明され、また利益の配分をもらうことで、なっとくした。しかも、まもなく都会から村まで、立派な道路が作られたのだ。

 トラックは道路を走り、鉛の箱を運んできた。穴の上でふたはあけられ、原子炉のカスは穴のなかに落ちていった。

 外務省や防衛庁から、不要になった機密書類箱を捨てにきた。監督についてきた役人たちは、ゴルフのことを話しあっていた。作業員たちは、指示に従って書類を投げこみながら、パチンコの話をしていた。

 穴は、いっぱいになるけはいを示さなかった。よっぽど深いのか、それとも、底の方でひろがっているのかもしれないと思われた。穴埋め会社は、少しずつ事業を拡張した。

 大学で伝染病の実験に使われた動物の死体も運ばれてきたし、引き取り手のない浮浪者の死体もくわわった。海に捨てるよりいいと、都会の汚物を長いパイプで穴まで導く計画も立った。

 穴は都会の住民たちに、安心感を与えた。つぎつぎと生産することばかりに熱心で、あとしまつに頭を使うのは、だれもがいやがっていたのだ。この問題も、穴によって、少しずつ解決していくだろうと思われた。

 婚約のきまった女の子は、古い日記を穴に捨てた。かつての恋人ととった写真を穴に捨てて、新しい恋愛をはじめる人もいた。警察は、押収した巧妙なにせ札を穴でしまつして安心した。犯罪者たちは、証拠物件を穴に投げ込んでほっとした。

 穴は、捨てたいものは、なんでも引き受けてくれた。穴は、都会の汚れを洗い流してくれ、海や空が以前にくらべて、いくらか澄んできたように見えた。

 その空をめざして、新しいビルが、つぎつぎと作られていった。

 ある日、建築中のビルの高い鉄骨の上でひと仕事を終えた作業員が、ひと休みしていた。彼は頭の上で、

「おーい、でてこーい」

 と叫ぶ声を聞いた。しかし、見上げた空には、なにもなかった。青空がひろがっているだけだった。彼は、気のせいかな、と思った。そして、もとの姿勢に戻った時、声のした方角から、小さな石ころが彼をかすめて落ちていった。

 しかし彼は、ますます美しくなってゆく都会のスカイラインをぼんやり眺めていたので、それには気がつかなかった。

星新一『ボッコちゃん』(新潮文庫,1971年‥p.20-p.25)

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