『レーガン、トランプ、バック・トゥー・ザ・フューチャー』~バック・トゥ・1985(遥か昭和60年への旅)

ジジ放談
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『バック・トゥー・ザ・フューチャー』が公開されたのがこの年
今回は、1985年(昭和60年)です

名前:くま(♂)
プロフィール:高齢子育て中、飲酒は週末のみ
特技:奥さんをフォローすること(嘘)
名前:カエル(♂)
プロフィール:ゆとり世代(さとり世代)、独身、潔癖症、シニカルな視点は世代のせい?
特技:インターネット超高速検索
1969年から2019年までの50年間を振り返るこの企画 ―――
今の時代につながる萌芽(ほうが)を探すよ
今回は1985年(昭和60年)ですね
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ロン・ヤスの時代、プラザ合意からバブルへ突入?~バック・トゥ・1985

この時のアメリカの大統領は、元俳優のドナルド・レーガン大統領
映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』にこういうシーンがある
あー、ありましたね
こんなシーン

「1985年には誰がアメリカ合衆国大統領になってるんだ?」

レーガンのお気に入りの映画は、1985年公開のアメリカ映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、ホワイトハウス内の専用上映室で何度も見たという。

この映画には、タイムマシンで30年前の1955年にタイムスリップした主人公マーティが、そこでこのタイムマシンを作った科学者、若かりし頃のドク・ブラウンと対面、自分が未来から来たことを告げる。そんなことは全く信じないドクが「そうか、じゃあ1985年には誰がアメリカ合衆国大統領になってるんだ?」と聞くと、マーティは「ロナルド・レーガンだ」と答えるが、ドクは(出まかせを言っているものだと判断し)呆れて「ロナルド・レーガン? 俳優のか? なら副大統領は誰だ?(コメディアンの)ジェリー・ルイスか?ファーストレディはジェーン・ワイマンか?」と、これを馬鹿にして笑うシーンがある(その場面の少し前に、出演者として、レーガンの名前がある映画ポスターが映り込むという伏線がある)。

出典:ja.wikipedia.org

高校1年生の僕も、映画館でクスっと笑ったよ
映画俳優が大統領になるアメリカってすげーなあと思ったよ
日本ではまだそんな人いませんよね
・・・この時の日本は、第2次中曽根内閣
レーガン大統領と中曾根康弘首相の親しい間柄を「ロン・ヤス」と呼んだりした
お互い愛称で呼び合うほどの蜜月関係ということですね
そしてこの中曾根・レーガンの関係が、今の安倍晋三首相とドナルド・トランプ大統領の関係に似てる似てないって話題になるよね
または、安倍首相がそうなりたいと願っている?
今の日米関係も、当時とどこか似てるってことですか?

中曽根・レーガン時代と似た情勢

 実は、現在の情勢とよく似ている、と指摘される時代があります。1980年代初めの日米関係です。

 82年11月に政権の座を射止めた中曽根康弘首相は翌83年1月、就任後初めて訪米してレーガン大統領と会談。

 当時、米国内には日本製の自動車や電気製品があふれ、米政府はふくらむ対日貿易赤字に不満を募らせていました。一方で、アフガニスタン侵攻など拡大政策をとるソ連にどう向き合うかという安全保障政策についても、頭を悩ませていました。

初会談で意気投合、蜜月関係に

 日米のトップが向き合い、どのような外交を展開するのか。2人は初会談で意気投合し、その後、「ロン・ヤス」と呼ばれる蜜月関係を築きました。戦後、日米の首脳同士の関係がもっとも良好だった時期だとも言われるほどです。

 「貿易摩擦解消」と「日本の防衛強化」。まるで、トランプさんが安倍さんに投げたボールのようです。

出典:withnews.jp

まあ、確かに似ているような気もするよね
どうでしょう?

――対米従属からの自立はこれまでも反米保守派からも唱えられてきた。

石原慎太郎なんかが典型だが、威勢のいい発言は全て日本国内向けで、ワシントンに行けば対中脅威論をあおって、日米同盟を称賛する。かつて占領憲法はけしからんといいながら、政権を握ったら「ロン・ヤス」「不沈空母」と言いだした中曽根康弘首相も同じだ。

当世流行のネトウヨの諸君もそうだが、戦後日本では、「愛国的」「右翼的」であればあるほど対米従属的であるというのが常識となっている。だから、この国の右側にはナショナリズムなど存在しない。愛国ごっこに姿を借りた奴隷根性があるだけだ。

出典:www.newsweekjapan.jp

安倍首相も「アベノミクス」とか言ったりして、どこかこの時代をリスペクトしてるとこあるでしょ?
中曾根元首相のことも尊敬してるんじゃない?
それに「アベノミクス」の由来は、レーガン大統領の「レーガノミクス」ですよね?
いろんな角度の意見を見てたら、モーリーのこの記事が目にとまった
国際ジャーナリストにしてミュージシャン、タレントのモーリー・ロバートソンさんですね

日米同盟の将来像と、「蚊帳の外」と言われる朝鮮半島をめぐる日本の立ち位置について

まず日米同盟ですが、私はトランプ政権が1期で終われば、日米関係を襲う「震度」は2とか3ぐらいで済むと思います。でも2020年の大統領選挙で再選されれば、震度が大きくなり一部の建物が倒壊するように日米関係に少しずつひびが入り始めると思います。

そうなったとき、日本はどうするのか。考えられる手だてと、そこに立ちはだかる「壁」について考えてみましょう。おそらく日本国民にとって年々、アメリカは手放しで信頼できない相手へと変貌しています(既にそう?)。といって中国もそう簡単に信頼できないので、最悪、四方八方を敵対的か、必ずしも友好的ではない国家に囲まれるというシナリオも考えられます。

出典:www.newsweekjapan.jp

モーリーの予言は当たるかな?
数年後のドナルド・シンゾーはどうなるのかねえ?
ドナルド・シンゾーって、言いにくいですね・・・
ちなみにロン・ヤス時代、この1985年に日米貿易摩擦の深刻化を打破するためプラザ合意が結ばれ、この年は円高不況となった
しかし同時にこれは翌年以降のバブル景気の契機ともなったという
安倍さんとトランプさんの時代の先にはどんな未来が待っているでしょう?
引き続き、モーリーによると・・・日本人の他人任せな性格が消極的に生み出した「賢者統治」と、現実を見ない日本のリベラルの「9条スピリット」のせめぎ合いがあるけど、なんとなくふらふらと前に進んでいく感じらしい
えー、よく意味がわかりませんが・・・

だんだん問題の傷口が小さくなる?

日米同盟にしろ日朝関係にしろ、日本の外交問題を見通すと、賢者統治とアンチ・リアリズムの「9条スピリット」のせめぎ合いになるかもしれません。ただ、社会の政治的分断が深まりすぎて煽動政治が長く続くという最悪のシナリオに至るとは限らない。

まだブレーキはあります。というのも、日本の政治は英語で言うところのdeliberative democracy だから。「熟考民主主義」とでもいうのでしょうか、ああでもない、こうでもないと議論を深めて落としどころを見つける爽快感はないが、だんだん問題の傷口が小さくなる民主主義政治のことです。日本の政治は、まだ熟考民主主義の中で踏みとどまっています。

出典:www.newsweekjapan.jp

ところで・・・中曽根康弘元首相は、2018年に100歳になったらしいよ
まだまだ元気らしい
へー、すごいですねえ

時代の抱える問題と課題に対し政治の責任を自覚し、勇断を以って確りと役割を果たしていくべきだ

 「大勲位」中曽根康弘・元首相は5月27日に100歳の誕生日を迎えた。背筋をピンと伸ばし、いまなお、決して椅子の背もたれに体を預けようとはしない。

 「首相としても自民党総裁としても中曽根総理に学びたい」

 安倍晋三首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げ、憲法改正、規制緩和、日米同盟の再構築など、中曽根氏の背中を追いかけてきた。いま、安倍氏は仰ぎ見る存在だった中曽根氏をすでに在職期間で追い抜いたが、国民の目に映る安倍氏の姿は“大宰相”とはほど遠い。100歳を迎えた中曽根大勲位は日本の政治の現状について、こうコメントを発表した。

 〈時代の抱える問題と課題に対し政治の責任を自覚し、勇断を以って確りと役割を果たしていくべきだ〉

 その言葉を誰に向けたか、中曽根氏は名指ししなかった。

出典:www.zakzak.co.jp

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ライブエイドもこの年~遥か昭和60年への旅

出典:medium.com

この年のエンタメ
まずは映画『ボヘミアン・ラプソディ』のクライマックスで話題のライブエイドが開催されたのがこの年
映画『ボヘミアン・ラプソディ』、観ました?
ついに観てきたよ
まあ、その話題はまたそのうちゆっくり(笑)
はい(笑)
でも、ぶっちゃけ当時の僕はクイーンはそれほど聴いてなかった
え~と(検索中)・・・フジテレビ『夕やけニャンニャン』が始まって、秋元康プロデュースの「おニャン子クラブ」が誕生したのがこの年みたいですね
そーそー
まわりで熱中している男も若干いたけど、おニャン子も僕はそれほどだったなあ
この年の僕はやっぱり、斉藤由貴の『卒業』だね
くまちゃんは斉藤由貴さん、好きですよね(笑)

関連エントリー→「卒業式で泣かないと冷たい人と言われそう」~それは、嘘をつかない最初のアイドル、斉藤由貴が誕生した瞬間だった・・・

ちなみに、尾崎豊の『卒業』もこの年
へー
そして、この年の秋から、テレビ朝日『ニュースステーション』が始まっているけど、それはつまり、久米宏がそっちに行って、TBS『ザ・ベストテン』の終焉を意味する・・・番組自体はまだ数年続くけどね
えー(検索中)・・・任天堂『スーパーマリオブラザーズ』が発売されたのもこの年みたいですね
うちの弟のために、一緒に買いに行ったなあ
僕はさほどのめり込まなかったけどね
僕はそれほど、ばっかり(笑)
この年、『機動戦士Ζガンダム』も始まった
最初は熱中したけど、次第にアニメそのものから遠ざかり始めたよ
さっきからなんかクールですね(笑)
僕の興味はアニメでもゲームでもなく、次第に、音楽や小説へと移る
この年に出版された『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が、僕と村上春樹の出会いだよ
中2病が治って、大人になった?(笑)

関連エントリー→『リアル中2病、異世界への憧れ』~バック・トゥ・1983(遥か昭和58年への旅)

当時の村上春樹は、女子供のものと揶揄されていたけどね
時代で評価は変わっていくんですね

出典:auctions.yahoo.co.jp

最後に、日本航空123便の事故もこの年だね
群馬県多野郡上野村の高天原山(御巣鷹の尾根)に墜落した
あの映像も印象的だったなあ・・・女のコが奇跡的に救出されているところ
へー
残念ながら、あの坂本九もこの航空機に乗っていた
『上を向いて歩こう』とか、『見上げてごらん夜の星を』とか、なんか暗示してるみたいであれだよね・・・
ええ・・・
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大瀧詠一氏が語った『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の素晴らしさ

そして最後に、話は『バック・トゥー・ザ・フューチャー』に戻る
名作ですよね
実は、大瀧詠一氏も映画を絶賛していたという
大御所も認める映画ですね

ギター・スタイルが一挙に時代をさかのぼって、再現されるわけです。

小林:少年がダック・ウォークをやると、(註:85年当時アメリカの映画館では)ものすごく黒人が喜ぶんですね。
大瀧:チャック・ベリーにはじまって、ダック・ウォークがあって、60年代あたりから少しずつ、ロック・ギターのスタイルがワイルドになっていくわけです。途中はジミー・ヘンドリックスとかフーのスタイルになって、アンプを壊したり、たたきつけたりする。あれはフーもやりましたしジミー・ヘンドリックスもやった。歯でかじったのは、ジミー・ヘンドリックスのスタイルなんです。
小林:背中のほうで弾きますね。
大瀧:あれもチャック・ベリーが得意でした。そういうのも含めて、ギター・スタイルが一挙に時代をさかのぼって、再現されるわけです。あのシーンで。
小林:現代のハード・ロックまでね。
※キネマ旬報が出している「映画に連れてって」という小林信彦さんの対談集より

出典:ameblo.jp

あれはホントにいいシーンだったよね
てゆーか、素晴らしい脚本
そして、スクリーンから伝わってくる音楽愛
しかも、ハリウッドのエンターテインメントでもある
僕も何回も観ました

ゼメキスとゲイルといい、ほんとうに音楽好きなんですね。

大瀧:最後のクレジットを見てて分かったのは、あそこのシーンの前まで使われていた音楽は、普通にレコード名が書いてあっただけなんですけど、あのシーンにはスーパーバイザーがいるんです。ボーンズ・ハウといって、BONESは骨で、これはニック・ネームなんですけど、ハウはHOWEと綴る。ウェストコーストのミキサー兼プロデューサーをやってる人なんですよ。彼が、その後に出てくる「アース・エンジェル」とかをスーパーバイズしているんです。そういうほんとうのプロを、あのシーンだけに呼んできて、抜けているギター・スタイルはないか、もっと他のがあったんじゃないかと時代考証をやったんじゃないかと思うんですね。そこの一か所にプロを呼んでくるあたりは、さすがですね。「グレムリン」でマイナー・ヒットを使った(註:クリスタルズの「クリスマス」のこと、85年の日本では知る人ぞ知るだったと思います)スピルバーグといい、「抱きしめたい」のような、ビートル・マニアが見て泣いて喜ぶような作品を作ったゼメキスとゲイルといい、ほんとうに音楽好きなんですね。
※キネマ旬報が出している「映画に連れてって」という小林信彦さんの対談集より

出典:ameblo.jp

いやあ、『バック・トゥー・ザ・フューチャー』や『ボヘミアン・ラプソディ』のような映画に出会えて幸せだよ
あの名シーンをご覧ください

Back to the Future – rock’n roll scene (Marty McFly “Johnny B. Goode”) ~Chuck Berry