近代の東アジアを舞台に「暴力と戦争」を描く、マンガ家の安彦良和さん。
杉田俊介さんと中島岳志さんが「アジアと安彦良和」について語り合いました。アジア主義の矛盾、安彦さんがあえて描かなかったものがあるとの話がおもしろい。ガンダムの話はちょこっとあります。全3回https://t.co/YlzpTGuVUJ— コ イツコウ (@KoItsuko) September 11, 2019
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安彦ガンダムから始めるアジア主義入門
安彦良和
1947年北海道生まれ。70年弘前大学中退後上京し、手塚治虫の「虫プロダクション」でアニメーターになる。73年にフリーとなり、以後『機動戦士ガンダム』など大ヒットアニメの主要スタッフとして参加。キャラクターデザイン、作画監督、監督などアニメ界でマルチに活躍。79年『アリオン』でマンガ家としてデビュー。90年『ナムジ 大國主』で第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2000年『王道の狗』で第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。12年『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で第43回星雲賞を受賞。マンガ作品は『ヴイナス戦記』『神武』『虹色のトロツキー』『イエス』『天の血脈』『ヤマトタケル』など多数、著作は『原点 THE ORIGIN』などがある。
杉田:例えば『ガンダム』のシャア・アズナブルは、ニューエイジ的なものとも重なるニュータイプという革命思想を急進化して、ほとんど超国家主義者たちのように、急進的な社会変革を実現しようとするんですね。シャアは煩悶青年であり、北一輝とも共通するマインドがある。
(中略)
中島:安彦さんは、石原莞爾よりも本当は北一輝のほうに関心があるのではないか、と感じました。マルクスだって天皇だって手玉にとってしまおうとするような、そういう北一輝のほうが安彦さんの好みっぽい。石原莞爾、北一輝、宮沢賢治という国柱会(日蓮宗の団体)のラインが見え隠れしますよね。
(中略)
杉田:『ガンダム』でいえば、富野由悠季さんの描くシャアのほうが、さらに超国家主義者のマインドに近いのかもしれません。人類そのものに絶望して、世界最終戦争を経て、人類を浄化してその先に新しい世界秩序を目指そうとする感覚が強いと思います。『エヴァンゲリオン』よりも超国家主義的な色が強いかもしれない。
安彦さんは、若い頃の天才的な富野さんがイエスだとしたら、自分はその出来の悪い弟子としてのペテロなんだと言っています。
とすると、富野さんが磔刑にされずに老年まで生き延びたイエスであり、観念的に暴走するのだとしたら、自分はそれをリアリズムのほうに引きずり下ろさねばならない。もしかしたら、安彦さんはそういう使命感を持っているのかもしれません。
安彦さんは、富野さんのなかのニューエイジ的で超国家主義的な面をすごく警戒しているし、ファンの人々がシャアをカリスマ化したり、ニュータイプ思想を暴走させたりすることへも批判的です。延々とそういう作業をしているともいえます。
中島:私は竹内好の議論を踏まえながら、アジア主義を3つに大きく分類しています。1つ目は覇道的な、政略的なアジア主義。2つ目は、心情的なアジア主義。これは宮崎滔天などの大陸浪人のなかにあらわれる義勇心のことです。3つ目として、思想的なアジア主義というものがある。例えば大川周明や岡倉天心のような人々が示している思想の側面です。
私自身は、この2番目と3番目の中間というか、心情としてのアジア主義と思想としてのアジア主義が混在している辺りを重視しています。どこまでが思想で、どこまでがその人の心情的ロマンなのかが、はっきりとはわからない、そういうところ。そこがアジア主義のいちばん面白い真骨頂だと思います。
安彦さんはまさにその辺りの、思想と心情が混在するようなアジア主義の姿を、何とかして描き出そうと苦闘してきたのではないか。
杉田 俊介(すぎた しゅんすけ) Shunsuke Sugita
批評家
1975年、神奈川県生まれ。法政大学大学院人文科学研究科修士課程修了。文芸誌・思想誌などさまざまな媒体で文学、アニメ、マンガなどの批評活動を展開し、作品の核心をつく読解で高い評価を受ける。著書に『宮崎駿論』(NHKブックス)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(作品社)、『長渕剛論』(毎日新聞出版)、『無能力批評』(大月書店)、『非モテの品格』(集英社新書)などがある。
安彦良和の戦争と平和-ガンダム、マンガ、日本
『機動戦士ガンダム』の生みの親の一人であり、マンガ家として歴史や神話を題材にした傑作を世に問うてきた安彦良和。『宮崎駿論』などで注目される気鋭の批評家が20時間にわたって聞き取った、『機動戦士ガンダム』の神髄とマンガに込められたメッセージとは?2019年『機動戦士ガンダム』テレビ放送開始から40周年。戦争・歴史マンガの多彩で豊饒な作品世界、日本の歴史、あの戦争、いまの社会―。40年を超える、過去から未来への白熱討論!
2019/2/7
中島 岳志(なかじま たけし) Takeshi Nakajima
東京工業大学教授
1975年大阪府生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、現在は東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『ナショナリズムと宗教』『インドの時代』『パール判事』『朝日平吾の鬱屈』『保守のヒント』『秋葉原事件』『「リベラル保守」宣言』『血盟団事件』『岩波茂雄』『アジア主義』『下中彌三郎』『親鸞と日本主義』『超国家主義』他。
アジア主義 西郷隆盛から石原莞爾へ
戦後、侵略主義の別名として否定された「アジア主義」。しかしそこには本来、「アジアの連帯」や「近代の超克」といった思想が込められていたはずだ。アジア主義はどこで変節したのか。気鋭の論客が、宮崎滔天、岡倉天心、西田幾多郎、鈴木大拙、柳宗悦、竹内好らを通して、「思想としてのアジア主義」の可能性を掬い出そうと試みた大著。 (2017/7/3)
【満州国とは?】記事に登場した、アジア主義のキーワード、キーパーソンを調べる
満洲国
満州事変(1931年)の翌年、中国東北部につくられた国家。清朝最後の皇帝溥儀(ふぎ)が執政(のち皇帝)となった。「王道楽土」「五族(漢、満州、モンゴル、日本、朝鮮)協和」をうたったが、実態は日本の傀儡(かいらい)国家だった。45年8月、日本の敗戦とともに崩壊した。
出典:kotobank.jp
↓村上春樹の長編『ねじまき鳥クロニクル』にも満州国、ノモンハン事件が登場する。
アジア主義
敗戦までの近代日本に一貫して見られる対外態度の一傾向。さまざまな政治的立場と結びつき,かつ日本の国際的地位の変化につれてたえず具体的内容が変化しているので,きわめて複雑でとらえがたい。しかし,中国などアジア諸国と連帯して西洋列強の圧力に対抗し,その抑圧からアジアを解放しようといった主張を掲げつつ,意識的または無意識的に,列強のアジア侵出に先制して,もしくはそれにとって代わって,日本をアジアに侵出させる役割を果たした点に,最大の特徴がある。
出典:kotobank.jp
超国家主義
超国家主義(ちょうこっかしゅぎ)とは丸山眞男による造語。以下の意味のどちらかで使われる。
スープラナショナリズム – 国家の上位となる国際組織が権限を行うという概念。具体例は欧州連合、またフィクションではあるが地球連邦。
ultranationalismの訳語。ナショナリズム(国家主義)の究極の形として、通常はファシズムや全体主義など。
石原莞爾 いしわら-かんじ
1889-1949 明治-昭和時代前期の軍人。
明治22年1月18日生まれ。ドイツに留学。昭和3年関東軍参謀となり,板垣征四郎らと満州事変をおこし,満州国建国を推進。12年参謀本部作戦部長となり,持説の「世界最終戦争」にもとづく日米決戦を想定し,対中戦不拡大を主張して東条英機と対立した。14年から右翼団体の東亜連盟協会を指導。陸軍中将。昭和24年8月15日死去。61歳。山形県出身。陸軍大学校卒。著作に「世界最終戦論」「戦争史大観」。
【格言など】あの八月十五日で,私のこの世の務めは終わりました(大川周明へのこした辞世)出典:kotobank.jp
↓小澤征爾の父親であり小沢健二の祖父、小澤開作と石原莞爾は親しく交流していたという。
北一輝 きた-いっき
1883-1937 大正-昭和時代前期の思想家。
明治16年4月3日生まれ。黒竜会にくわわり,辛亥(しんがい)革命がおきると中国にわたって革命運動を支援した。帰国後「日本改造法案大綱」を刊行。クーデターによる国家改造を主張して,西田税(みつぎ),皇道派の青年将校らに影響をあたえる。二・二六事件には直接関与しなかったが,事件の黒幕とみなされ,昭和12年8月19日処刑された。55歳。新潟県出身。名は輝次郎(てるじろう)。
【格言など】父はただこの法華経(ほけきょう)をのみ汝(なんじ)に残す(養子あて遺書)出典:kotobank.jp
↓谷口ジロー『「坊っちゃん」の時代』にも北一輝が登場します。
伝統的右翼がネトウヨを叱る? 宮沢賢治も信じた国柱会は今
戦前の右翼に大きな影響を与えた宗教団体がある。国柱会。1884(明治17)年、田中智学が日蓮系の在家仏教主義の教団として創立した。読んで字のごとく、日本の柱となることを目指し、天皇を中心とした「立正安国」(法華経の教えに帰依することで平和な国家を実現すること)を標榜した。田中智学は「八紘一宇」(世界を一つの家にする意。戦時中に侵略戦争のスローガンとして使われた)を造語したことで知られる。
創立から130年以上が経過した教団は、今も全国に1万9千人弱の信者を擁する。近年はみどりの日を昭和の日にする運動に注力し、2007年に実現。今は、来年の明治維新150年を前に、文化の日を明治の日にする運動を本格化させている。
・・・という訳で安彦良和『虹色のトロツキー』をあらためて読もう!
虹色のトロツキーとは?
『虹色のトロツキー』(にじいろのトロツキー)は、安彦良和による日本の漫画作品。『月刊コミックトム』(潮出版社)にて、1990年11月号から1996年11月号まで連載された。
昭和初期の満州国を舞台にした作品であり、日蒙ハーフの主人公が当時メキシコに亡命していたレフ・トロツキーを満州に招く「トロツキー計画」に関わり、紆余曲折を経ながら自身のルーツや民族的なアイデンティティへと迫っていく。
作品背景
作者の安彦は1989年に公開されたアニメ映画『ヴイナス戦記』の製作終了後、「アニメの世界から距離を置きたい」「アニメの色を打ち消した作品を手掛けたい」という希望を持ち、古代史を題材とした『ナムジ』に次いで、『コミックトム』へ持ち込みに近い形で作品を発表することになった。
作品を手掛けるにあたり「従来の被害と不正義を告発するような被害者的視点と、『馬賊もの』と称されるようなお楽しみ系、そのどちらでもないものを描きたい」と考え、「等身大の主人公に視点を置きつつ、同時に政治的な満州を見渡す」ことを意図した。本作品の舞台となった満州国および第二次世界大戦前夜の世界情勢は、敵や味方、思想の左右を問わず、離合集散を繰り返すなど複雑とした様相を呈していたが、こうした情勢をウムボルトという主人公を創作することで作者なりに追体験している、としている。
(中略)
なお、『ユリイカ』2007年9月号のインタビューによれば、構想の段階では『将軍とトロツキー』というタイトルであり(将軍とは石原完爾の意)出版社側からはトロツキーという名と堅いタイトルから難色を示されたが、トロツキーをタイトルに入れることにこだわり、彼の伝記ではないという説明を行った上でタイトルを変更したという。無難なものではなく堅いタイトルにこだわった理由については「アニメの片手間に描いているのではないというサイン」、あるいは「表現者としてアジア主義に取り組むぞというひとつの意志表明」としている。
↓その他、安彦良和氏の代表作はこちら!