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大友克洋再入門
東京オリンピックだからだよ。
『AKIRA』の舞台といえば未来の2019年。
まさにオリンピックをひかえた東京!
予言ですか!?
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すぐカッコつけて省略するんだから・・・(苦笑)。
手塚治虫以降の日本マンガに最大の革命を起こした男・・・大友克洋(おおともかつひろ)。
大友 克洋(おおとも かつひろ、1954年4月14日 – )は、日本の漫画家、映画監督。宮城県登米郡迫町(現在の登米市迫町)出身。宮城県佐沼高等学校卒。血液型はA型。 1973年『漫画アクション』にてデビュー。代表作に『童夢』『AKIRA』など。ペンタッチに頼らない均一な線による緻密な描き込み、複雑なパースを持つ画面構成などそれまでの日本の漫画にはなかった作風で、80年代以降の漫画界に大きな影響を与えた。
1988年、自作を元に自ら制作したアニメーション映画『AKIRA』は日本国外でも高い評価を得、「ジャパニメーション」と呼ばれる、日本国外における日本アニメムーブメントのさきがけとなった。近年は主に映画監督として活動している。
初期の作風
大友の作品が一般的に知られるようになるのは初作品集『ショートピース』が刊行され「ニューウェーブ」作家とも交流を持つようになる1979年頃であるが、76年-78年頃にはすでに作風を確立し一部の漫画読者からは知られた存在になっていた。大友の初期の作品はアメリカン・ニューシネマの影響が強く、ロックやジャズ、ドラッグといった70年代の文化を背景とした日常風景を淡々と描くものが多かった。コマ割りなどに大友が敬愛する黒澤明やサム・ペキンパーの影響が強い。また緻密に描き込まれているにも関わらず、余白を大胆に取ることで白っぽい画面が作られており、リアルでありながら劇画のような泥臭さや過剰さのない乾いた画風が注目された。さらに初期の大友作品の大きな特徴は、日本人のキャラクターをまったく美化せずに、見たままアジア人的な容姿(細い目、低い鼻、短い足、小さい乳房)で描いたことであり、これは男はかっこよく、女はかわいらしく描くのが当然とされていた漫画界において異例のことであった。このような大友のスタイルの新鮮さは漫画志望者や既成の漫画家に大きな影響を与え、『ショートピース』刊行前後より模倣者が数多く出現、その影響は吉田秋生などの少女漫画家にも及んだ。また、大友はフランスのバンド・デシネ作家メビウス(ジャン・ジロー)の影響を受けた作家として言及されることも多く、欧米では「日本のメビウス」という呼び方をされることがある。
大友以前・大友以後
『ショート・ピース』刊行以後大友の名が知られるに従って日本の漫画の画風、手法が大きく変わったため、漫画の表現史を画するものとして「大友以前、大友以後」という言葉もしばしば用いられている。この言葉を用いた一人である米澤嘉博は、記号化された絵を使い意味のあるコマの連続で物語を表現するという、手塚治虫によって体系化された漫画の手法に対して、事態をリアルに一枚の風景として描き出し、自在に変化するカメラワークによる画面の連続で作品を構成する大友の手法を「非手塚的手法」と呼んだ。大友の作品ではしばしばキャラクターのいない、風景だけが大写しにされたコマが続けて描かれるが、風景を物語の説明的な背景として使うのではなく「風景だけで何かを語らせる」このような方法はそれ以前の漫画にはない新しい手法であった(米澤は「キャラクターと背景ではなく、キャラクターのいる風景こそが描かれる」と述べている)。
ササキバラ・ゴウは、漫画の絵から説明的な意味・文脈を取り去り、人物も風景も同じ質感を持った単なる「もの」として写実的・立体的に描く大友の表現が、漫画の作品世界の中で均質な空間を表現することを可能にしたと指摘している。このことは一面では、箱庭的な物語世界のなかにディテイルを描き込むことへの欲求を作家に与え、70年代以降のSFブーム・アニメブームと連動して、作品に細かな世界設定を描きこむ傾向を育てた。このような傾向はのちに士郎正宗らによって徹底的に追究されていくことになる。他面、人物の立体的な造形は80年代以降の士郎正宗や桂正和、遊人などの描く美少女像を変化させ、「記号的な顔」と「写実的な肉体」を併せ持つ、日本の漫画表現独特の美少女キャラクターを生み出す一因ともなった。
上記に加え、老人を口元に皺を一本入れるというような記号的な方法でなく、骨格から皮膚のたるみまで老人として表現するような大友のデッサン力、建物を様々な角度から正確な遠近法で描き出す描写力、写真や映画などから影響を受けた光学的な表現方法などは、以後の漫画界全体の画力を底上げすることになった。この他にも、効果音を描き文字ではなくフキダシを使って描く方法や、超能力などの大きな力によって地面が割れたり、球状にへこんだりするといった表現方法など、大友が始めたことでスタンダードとなった手法は数多い。
・リアルな風景、自在に変化するカメラワーク
・人物も風景も単なる「もの」として写実的・立体的に描く
・骨格から皮膚のたるみまで表現するデッサン力
・建物を様々な角度から正確な遠近法で描き出す描写力
・写真や映画などから影響を受けた光学的な表現方法
・効果音を描き文字ではなくフキダシを使って描く方法
・超能力などで地面が割れたり球状にへこんだりする表現方法
などなど。
そんな数はないから、その作品を再確認しておこう。
え~と(検索中)・・・。
あの世界の大友作品がなぜ?。
【ヤバイ】電子書籍化もされていない、実は入手しづらい大友克洋の単行本
僕はだいたい、実家に帰れば揃ってるけど。
なんかこだわりがありそうですね。
ショート・ピース(1979年、奇想天外社)
大友克洋のファースト・インパクト。絶版。奇想天外社版より、1984年に復刊された双葉社版の方が中古で入手しやすい。
または、国会図書館で読めるようです。→国会図書館
ハイウェイスター(1979年、双葉社)大友克洋傑作集1
大友克洋傑作集1~3は読んでおきたい。中古本なら比較的入手しやすい。
さよならにっぽん(1981年、双葉社)大友克洋傑作集2
この表紙が好きでした。メビウスにも影響を与えたという。
ショート・ピース(1984年、双葉社)大友克洋傑作集3、奇想天外社版の復刊
奇想天外社版より、こちらの復刻版は比較的入手しやすいようです。
GOOD WEATHER(1981年、綺譚社)
「GOOD WEATHER」、「BOOGIE WOOGIE WALTZ」は、奇譚社から通信販売のみで発売されたらしい。僕は未読です。
ヘンゼルとグレーテル(1981年、ソニー・マガジンズ)ISBN 978-4789702812
1978年に『rockin’on』で連載された「大友克洋の栄養満点!」などが掲載されているらしい。僕は未読です。
気分はもう戦争(1982年、双葉社)矢作俊彦原案
なんとなく「うる星やつら」のメガネたちを思い出す。この本の表紙、昔はよく喫茶店やラーメン店の本棚に並んでいた印象。
BOOGIE WOOGIE WALTZ(1982年、綺譚社)
「GOOD WEATHER」、「BOOGIE WOOGIE WALTZ」は、奇譚社から通信販売のみで発売された。僕は未読です。
童夢(1983年、双葉社)
僕はこれが大友克洋との出会いでした。一番おすすめしたい作品です。
※大友克洋インタビュー記事より
「作品に取りかかっていると、その間は自分の時間がとまっている。『AKIRA』の連載をしていたときも、アニメの製作をしているときも、何年間もそんな感覚。僕にとってはあっという間なんです。だからすべてが終わって鏡を見るとびっくりする。こんなに歳とっちゃったんだって。でもそれってすごく幸せなことかもしれないね」出典:gqjapan.jp
AKIRA(講談社、1983年-1993年)全6巻
言わずと知れた代表作ですね。2020年東京オリンピックへ向けて読み返すのも一興でしょう。
彼女の想いで…(1990年、講談社)
大友克洋監修のアニメ映画『MEMORIES』(1995年)の元になった話。未読。
SOS大東京探検隊(1996年、講談社)
3Dアニメ『新SOS大東京探検隊』(2006年)の元になった短編。未読。
※2019年2月現在
※大友克洋インタビュー記事より
「自分の描いた絵が好きじゃないんです。過去の作品を見ると、ああすればよかったこうすればよかったって悔しさばかりが浮かんでくるんです。だから褒められてもあまりうれしくない。もっと自分を進化させたいし、誰も実現していないアイデアを形にしていきたい。毎晩、寝る前にはいろんなアイデアが浮かぶんです。そこに自分の居場所があるかもしれないって思うから、描くことをやめられない。描くのはいまでも苦しくてつらいですよ。楽しめるところまではまだいけてない。もしかすると、そうやって苦しんでいるのが楽しいのかもしれない」出典:gqjapan.jp
未来が蘇る、東京リボーン
12月23日よりNHKで放送がスタートするNHKスペシャル『シリーズ「東京リボーン」』(全6回)
※以下、大友克洋氏のコメント
東京好きですよ。すごく好きなんです。東京は、常に変化している。都市は生きものだから、それはしょうがないんじゃないですか。だから人々の生き方やスタイルが少しずつ変わっていくんじゃないでしょうか。新しい東京を、新しい人たちが創っていくべきだと思います。これが今回の番組の、テーマなんじゃないかなと思っています。昭和の残滓ざんしを全部切り捨てて、新しいものをつくり上げるということ。東京はいつもそんなふうでなきゃいけないんですよ。
※大友克洋インタビュー記事より
「金がほしいとか、有名になりたいとか、考えたことはありません。たまに酒を飲む金があればじゅうぶん。そんなことより、自分が納得、満足できる作品をつくりたい。でもそれはきっと永遠にかなわない。だから僕はずっと満足することはなく描き続けるんでしょうね」出典:gqjapan.jp
↓こんなところにも大友克洋。帯には「いくら見ても飽きない」という大友克洋のコメントが。