交通安全のお守りを買いたいんだよねー
2019年、くま(50歳)とR子(43歳)の子育て日記です。
第一子むーちゃん(♀)は5歳、そして、第二子たろー(♂)は2歳になります。
高齢出産、高齢子育て・・・引き続き、が、頑張ります。
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熊本城稲荷神社でお参りした後、さらに加藤神社へ向かいます。
熊本城稲荷神社は加藤清正が熊本に来てすぐに作った神社で、一方、加藤神社は加藤清正そのものが祀られていている神社です。どちらも熊本人が敬愛する加藤清正公にゆかりのある神社です。
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【初詣】熊本城稲荷神社から、加藤神社へ
坂道でたろーを抱っこしたりするから、パパのコートを持っててよ
なんで、今日に限ってこんな重いコートを着てきたのよ
でも、朝は寒かったでしょ
ちょうどお昼くらい、たいへん賑わっていました。
でも、10分くらい並んででお参りできました。
【由来】熊本の基礎を作った建築・土木の神「セイショコさん」を熊本城本丸にお祀りする加藤神社
少し色あせてきたから、新しいステッカーを買おう
※この子はまだ「まま」と「あんぱん」しか喋りません。
熊本城城内に鎮座する加藤神社は熊本発展の礎を築かれたセイショコさん(加藤清正公)をお祀りする神社です
【御祭神】
主祭神 加藤清正公
陪神 大木兼能公
韓人金官公加藤清正公【永禄五年(1562)~慶長十六年(1611)】 は、 戦国時代の智仁勇兼備の模範的武将として、また、熊本に於ては、日本三名城・日本三堅城の一つである熊本城の築城と、それにははじまるところの富国安民の国づくり政策を推し進められた方であります。
それは、全県下に亘る土木・治水工事をはじめ、干拓・開墾・植林・交通の便の為の街道づくり、焼物等幾多の国の発展の礎となる産業の奨励保護、学問の奨励・文化の開拓等と一つひとつ列挙すれば限りない程の偉業であります。
さらに武将としての清正公は、単なる勇しいばかりの武士でなくして、常に大義名分を重んじられると共に、上には忠と義を以って、下には慈悲と情を以ってあたられた信仰心の豊かな方であります。
この様に、清正公の五十年の人生は、実に至誠にして高潔なる人格者であり、いつの時代に於ても尊崇敬慕されるにふさわしい理想的日本人であられるとともに、熊本県民にとっては、熊本発展の礎となる有形無形の役割を果された大恩人で、清正公をお祀り申し上げる加藤神社は、肥後総鎮護と言うべき神社であります。
加藤清正公肖像
【初対面】西野だいすけ氏がいた!
通りすがりで、ぜんぜん話はできなかったけどね
御大はタバコの煙とともに消えてくれたらいいよ
これまで熊本にために尽力していただき、もちろん感謝しています(汗)
熊本城の復興も進む!